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甘えん坊の泣き虫兵士⑦
(ごめん、ごめん……。マリウス………。私だって、私だって、ずっとそばにいて欲しい。こんなに楽しくて温かい日々を過ごしたことはないんだ……)
思えば、マリウスを拾ってからの数日、これまでの単調な日々とはまるで違っていた。守ってやりたい存在がいることは、とても心が温かく、そして強くなることでもあった。
腹を満たしてやりたい、温めたい、喜ばせたい、守りたい、そんな相手がいると、生きるのに張り合いがある。
マリウスとの数日間で、エミーユは人生の彩を知った。風景が違って見えた。楽しい日々だった。
(でも、ここにいれば、絶対にいつか後悔する。私たちは一緒にいても良いような間柄ではないのだから)
マリウスは泣いていたが、やがてあきらめたように言ってきた。
「うっうっ………、わかった。出て行く。でも、目が治るまでいてはだめ? あなたの姿が見たい」
「それはできない」
当初はマリウスが暴れたら困ると思って巻いた目隠しだが、今ではマリウスに自分の姿を見られるのが嫌だった。みすぼらしい姿を見られたくはない。
(私はみすぼらしい。立派なあなたと違って私はみすぼらしいのだ)
「じゃあ、エミーユを触らせて。手であなたの形を覚えておく。お願い。あなたを触らせてほしい」
マリウスはそう言うと、エミーユに手を伸ばしてきた。
エミーユはじっと動かなかった。
マリウスの手が伸びてくる。マリウスはエミーユの肩におずおずと触れてきた。次に頭、頬に触れる。マリウスの大きな手がエミーユの頬をそっと包み、眉や耳を撫でる。
「あなたの髪は何色なの?」
「茶色だ」
「目は?」
「茶色だ」
エミーユの目に触れると、マリウスはハッとして訊いてきた。
「ど、どうして、目が濡れているの?」
エミーユには答えられなかった。エミーユの胸がびくびくと震える。
「ね、ねえ、エミーユ、泣いてるの?」
エミーユは首を横に振る。声を出せば嗚咽になりそうだった。
マリウスはエミーユをまた抱きしめてきた。
「俺、エミーユが好き。好きだからエミーユの言うとおりにする。ここから、ちゃんと出ていく。でも、戻ってくる。もっと立派になってエミーユの邪魔にならないようになって、戻ってくる。それならいいでしょ?」
エミーユは首を横に振ろうとして、やめた。
(どうせマリウスは戻ってこない。私のことなど忘れてしまう)
エミーユがうなずけば、マリウスはぎゅっと抱きしめてきた。
「約束! 約束だよ。おれ、絶対に戻ってくるから」
エミーユも抱きしめ返せば、マリウスはエミーユの頭に頬を摺り寄せてきた。
(可愛い、可愛いマリウス)
エミーユは頭を撫でる。
エミーユが体を離せば、マリウスは追ってはこなかった。
荷物を軍袋に詰めていく。マリウスの助けになるよう、パンを山ほど焼いている。
準備をするエミーユの気配を、マリウスはじっと伺ったまま動かなかった。
「じゃあ、行こう……」
「うん……」
マリウスの腕を取って、押し出すようにして戸口に向かう。
そのとき、マリウスから漂ってきた匂いに、エミーユの背中がゾクッと震えた。
汗に土埃の匂いに、確かに混じる獣人の匂い。
エミーユの体の芯を衝動が突き抜けた。
ブワッと体の奥で燃え立つものがあった。
体の奥底から渇望が起きる。
(マリウス、行かないでほしい………!)
マリウスが鼻をスンと鳴らし、たじろいだ。エミーユからフェロモンが立ち込めている。それに呼応してマリウスからも立ち込めるものがある。
マリウスのフェロモンだ。
「う………っ?!」
マリウスの熱が高まったのがエミーユに伝わってきた。
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