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路上のバイオリン弾き①

 小屋を出たエミーユは、路銀が尽きるまで乗り合い馬車を乗り継いだ。少しでも遠い場所でなければ、マリウスのもとに戻ってしまいそうだった。  やがて、鉄道駅のある大きな町に行き着いた。  駅前は故郷エルラントの港のように人々が行き交っていた。駅前広場には浮浪者や乞食が住み着いていた。  エミーユは夕方までぼんやりとベンチに座って、行き交う人々を眺めていた。物売りやら大道芸人も視界に入った。  エミーユの格好からして乞食にしか見えないのか、荷物をかっぱらおうとする人も寄ってこなかった。  日が暮れて広場の木陰に寝床を得た。荷物を枕に草の上に横になる。思い浮かぶのはマリウスのことばかりだった。 (マリウス、もう、小屋を出たかな)  並べておいた剣や軍袋が、マリウスの出発を促すはずだ。  それでも心配ばかりが募る。 (泣いていたらどうしよう。いや、あの子は大泣きしているに違いない)  エミーユの胸が痛んでどうしようもなくなる。  その夜は一向に寝付けないでいた。 (でも、あの子は大泣きしても涙を拭いて前を向くはずだ)  マリウスは、いろいろと優れていた。目が見えなくても驚くほどに動けていたし、手先も器用だった。  それにマリウスの乗馬姿は力強さにあふれていた。 (あの馬がマリウスを助けるだろう)  そもそも、あの馬がエミーユにマリウスを助けさせた。非常に賢い馬だった。 (だから、マリウスは大丈夫だ)  そう思うも、思考は堂々巡りをする。 (でも、やっぱり泣いているだろうな。大泣きするんだろうな)  人々が目覚めて活動し始めた頃、エミーユはバイオリンを取り出した。  思えばバイオリンに触れるのは久しぶりのことだった。マリウスがやってきてからは、バイオリンのことをすっかり忘れていた。マリウスのおかげで必要としなかった。  邪魔にならないよう、音色が雑踏に紛れそうな場所で、弾き始めた。  その旋律はもの悲しいものだったが、不思議と心を落ち着かせる透き通った音色で、道行く人はときおり足を止めて耳を澄ませる。  エミーユはバイオリンを弾き続けた。 (マリウスに幸あらんことを…………!)  マリウスのことを想って一心にバイオリンを弾き続けた。

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