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路上のバイオリン弾き②
エミーユは夜になれば木陰で寝て、目が覚めればバイオリンを弾いた。腹が減れば、手持ちのパンを食べた。手持ちのパンが尽きれば、開けっ放しのバイオリンケースに投げ込まれた硬貨で、屋台から食べ物を買って食べた。
エミーユの前にはときおり人が立ち止まった。その数は日に日に増えていった。バイオリンケースに入る小銭も多くなった。
しかし、小銭はしょっちゅう盗まれてほとんどエミーユの手に残らなかった。ある日、ここで商売をするなら場所代が要ると、やくざ者が金の半分を取っていった。
それからは金は盗まれなくなり、酔っ払いに絡まれれば、どこからか助けが入るようになった。
エミーユは来る日も来る日も路上でバイオリンを弾き続けた。
いつのまにか空が高くなり、木枯らしの季節となっていた。
エミーユは、ある朝、起き上がろうとしてめまいに立ち上がることができなかった。ぐるぐると視界が回る。
じっと木陰にうずくまって昼になる頃、顔馴染みの浮浪者が声をかけてきた。
「大丈夫か、おめえ」
「……うん、だいじょう、ぶ」
浮浪者はどこかにいった。しばらくして、水の入ったコップを持ってきた。欠けたコップは汚れていたが、ありがたくいただいた。
「これ、食えよ」
浮浪者は揚げ菓子を差し出してきた。
「ありがとう」
口に入れようとして油の匂いを嗅いだ途端に吐き気にえずいた。それから何も食べられなくなった。身体に異常が起きていることを感じていた。もともと瘠せていた体は痩せこけていた。
それでも、起き上がれる日は路上でバイオリンを弾き続けた。
憑かれたようにバイオリンを弾き続けた。
ある日、立派な身なりの紳士が声をかけてきた。帽子にステッキを手にしている。
「さるお方が、あなたのバイオリンを聴きたいと言っております。その方のもとに参りますので、馬車に乗って下さい」
手を引かれ、さらわれるように馬車に押し込まれた。
高級な馬車らしく、スプリングが効いて、乗り心地がよかった。紳士が手渡してきたカップの中の温かな液体は、馬車が揺れないためにこぼれることもなかった。
(紅茶だ)
エミーユはエルラントを出て以来、久しぶりに紅茶を口にした。ティーカップは母親の大事にしていたものを思い出させた。
レモンの入った紅茶は飲みやすく、エミーユの手を温めた。
やがて馬車は、お城のような建物に続く門をくぐったと思うと、庭先に連れて行かれた。
ゆったりと椅子に座る貴婦人がいた。
(さるお方、かな)
エミーユは貴婦人の前で、バイオリンを弾いた。
貴婦人は身を乗り出して聞いていた。うんうん、と満足げにうなづくのが視界の端に見えた。
一曲終わっても次の曲を弾いた。頭に浮かぶ旋律を思うがままに弾いた。
何曲も引き続けて、やがて、エミーユは倒れた。若いメイドが小さく叫ぶ声がして、エミーユは意識を失った。
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