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女王との出会い①
エミーユが気が付けば、ベッドに横たわっていた。簡素なベッドだが上等なものであることがわかった。
清潔なシーツがことのほか気持ち良かった。
体を起こすと、そこはやはり簡素だがとても丁寧な作りの部屋だった。
窓にはガラスが収まっており、分厚いカーテンが垂れさがっている。
サイドテーブルには花が生けられており、その花の匂いがとても爽やかだった。
自分の体を見下ろせば、肌触りの良い薄手のガウンのようなものを着せられていた。汗と汚れでごわごわしていたはずの髪は、洗われたのかさらさらとしていた。
窓際の書き物机の上に、バイオリンがあった。下にはクッションが敷かれていた。
エミーユもバイオリンもいかにも大切に扱われているのを感じた。
起き上がって、ぼんやりしていると、メイドがドアを開けて「きゃ」と小さく叫んだ。メイドがバタバタと廊下を去っていく音が聞こえる。
しばらくして、メイドがトレーを持ってきた。数多くの小皿に、パンやら果物やら、いろいろなものが少しずつ乗せられている。
「食べたいものをお食べください」
エミーユは戸惑っていたが、「さあ」とトレーを出されて、柑橘の皿を取った。
「おいしい……」
エミーユのその声を聞いて、メイドがまたバタバタと廊下を走り去ったかと思うと、今度は、柑橘のいっぱい入った皿を持ってきた。
ここのところ、ほとんど食事を摂れていなかったエミーユだが、不思議と柑橘はするすると喉に入る。
皿が空になる前に、またメイドが柑橘を持ってきて、エミーユは腹いっぱいに食べた。
腹いっぱいになると眠気が起きて、横になると眠った。
次に目が覚めると、起き上がれるようになった。
メイドに、トイレに連れて行ってもらった。
使用人用のトイレらしく、やはり簡素だが清潔だった。ふと鏡を見た。
栗色の髪にハシバミの目の、さほど特徴のない顔がある。髪は肩を過ぎて伸びている。
(これが私の顔?)
エミーユが自分の顔を見たのは故郷の家を出て以来のことだった。茶色だったはずの髪と目の色は、成長して色が薄くなっている。
幼かった顔も大人っぽくなっている。
(うん、悪くはない顔だ)
エミーユのガウンの前合わせがはだけた隙間から、赤い線が見えた。
マリウスから引き受けた傷の痕。
マリウスの赤毛が鮮烈によみがえった。
燃えるような赤毛をしていた。目に焼き付くほどの。
(あの子はホント、泣き虫だった。怪我の痛みには泣かなかったのに、戦争が怖いと言って泣いた。それはみっともなく泣いていた。みっともなくて情けなくって哀れで……)
エミーユの口から笑い声がこぼれてきた。
「ふふ、ホント、格好悪かった」
エミーユの笑い声に途中から嗚咽が混じった。しまいには嗚咽だけになった。
痕を手でなぞる。
(怪我を少ししか引き受けなかったから、この痕もじきに消えるだろう。そうなれば、私からマリウスの痕跡はなくなってしまうな………)
エミーユは小屋を出て以来、初めて泣いた。マリウスを想って泣いた。
(可愛い、可愛いマリウス……)
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