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女王との出会い②

 部屋に戻るとエミーユの気持ちは不思議と収まっていた。  バイオリンを手に持った。憑かれるように弾いていたのに、今は旋律は少しも浮かんでこなかった。泣いたことで憑き物が落ちたように気持ちがさっぱりしていた。  思えばエミーユの頭から片時もマリウスのこと離れないでいたのだ。涙を流すこともできないほどの苦しい別れだった。そして幾つもの旋律を重ねることでやっと苦しみを押し流すことができたのだ。 (マリウスはきっとしっかり生きている。私もしっかりと生きて行かねば)  そんな気持ちを抱いた。 (私も一歩を踏み出そう)  エミーユは新たな気持ちでバイオリンを手に取った。  父親が耳に残した曲を弾いてみた。  そのときになって、弓も弦も薄くなり、以前の音色が出なくなっていることに気づいた。  弦を解いて位置をずらしてみれば、少しはましになった。 (ありがとう。私は立ち直れたよ……)  バイオリンを優しく撫でた。  バイオリンをクッションに置いてベッドに横になったところで、ドアの音がして、見ればメイドが入ってきた。  メイドは手に汚くて嫌な匂いのするボロ布を持っている。  メイドは申し訳なさそうに言う。 「あの、これ、捨てても……?」 「それは……?」  エミーユが戸惑っていると、メイドは説明してきた。 「これ、あなたの着ていたものです」  エミーユは我ながらそんな汚い衣服を着ていたのか、と驚いた。路上生活では、頭を洗うことも、体を拭くこともなかった。 (じゃあ、私自身もかなり臭かったはずだ。馬車に乗ったときも、庭でバイオリンを弾いたときも臭かったはずなのに、誰も嫌な顔をしないでくれた) 「あ、えっと」 (でも捨てられてしまえば着る服がなくなる)  エミーユの心配を察したように、メイドは左腕にかけた衣服をエミーユのベッドの上に置いた。 「よければこれを着てください」  それはシャツにズボンだった。新しいものではないが、上等なものである。 「着替え終わったころにまた来ますね。あのこれ、どうしましょう」  メイドはまたもや申し訳なさそうにぼろ布を向けてくる。匂いがもわっと漂ってくる。 「あの、その、捨ててください。申し訳ありません」  メイドはほっとしたような顔をした。 「じゃあ、捨てますね!」  メイドは元気の良い声を上げて、部屋を出て行った。  しばらくして、メイドは再び現れた。エミーユに近寄り、エミーユの着こなしを点検する。   「今から陛下のところに参ります。粗相があってはなりません」 (陛下……?)  そう言うメイドのほうがそそっかしいらしく、廊下を少し進んだのち、「あ、忘れてた!」と、エミーユに振り返った。  エミーユと目が合うと、コホンと咳払いをして澄ました顔になる。 「バイオリンをお持ちになってください」  バイオリンを手に再び廊下に進むと、路上にいるときに声をかけてきた紳士が現れた。メイドが言うには侍従長らしい。侍従長はエミーユを見ると、わずかに目を見開いた。 「随分さっぱりしましたね」 「あ、はあ。その、私、随分臭かったでしょう。申し訳ありません」  侍従長はピクリとも表情を変えなかった。 「いえ、あれしきのこと、謝る必要はありません。では、こちらへ。陛下が待っています」 (陛下? ノルラント国王?) 『さるお方』が女性だったことを思い出した。 (女王かな?)  エミーユは首を捻るも、次第に廊下が豪華になってきて、これは本当に女王かもしれないな、と思い始めた。  壁には豪奢な金糸を使った布が張られ、絨毯はふかふかしている。 「今からお会いするのは、エルラント王、エレナ女王です」 「エルラント」  そこで初めて、メイドとも侍従長ともエルラント語で話していることに気づいた。  エミーユは故郷エルラント語と両親の母国語のグレン語を不自由なく話すことができる。町に行ったときには片言のノルラント語で話していた。  エルラント語は久しぶりだった。 「あなたもエルラント人ですか」  エミーユの流暢なエルラント語に、侍従長はそう尋ねてきた。  エミーユは故郷を思い出した。グレン兵に侵略され、至る所に火を放たれた港町。   「はい」  エミーユは故郷の町の名を告げた。侍従長はいたわしそうに目を細めた。 「あの港町のグレン兵の略奪は大層ひどかったと聞いています。あなたはその生き残りだったのですね」  侍従長の目に同情が浮かぶ。しかしそれも、一瞬のことで、すぐに無表情になった。 「エレナ女王は、今はここ、ご生母のご実家のノルラント王のもとに身を寄せています」  侍従長の説明では、グレンのエルラント侵略まもなくして、女王は幼い王子を連れて、ノルラントに身を寄せたらしい。王配は逃げ遅れて亡くなったとのことだった。 「すると、ここは」 「ノルラント王宮です」

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