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戦争終結と平和の到来①
エミーユはエレナ女王の使用人となった。
エレナ女王はエミーユに衣食住を与えただけではなく、子を持つ親としていろいろと励ました。
「エミーユ、自分を大切にするのですよ。自分を大切にすることが子を大切にすることでもあります。元気なお子を産みなさい。子は国の宝です。そして、あなたも私の宝です」
エミーユは無事、子を産んだ。男児だった。
燃えるような赤毛はマリウス譲りだった。エミーユの生きるよすがとなった。
名をリベルとつけた。エレナ女王に名付け親になってもらった。
エルラント語で、『自由』という意味だった。
「何にもとらわれないで、自由に羽ばたく子に育ちますように」
ノルラントの仮宮で、エレナ女王のもと、みなが大家族のように暮らした。使用人のなかにはエミーユのように幼い子を持つ親もおり、助け合った。
(エレナ女王に拾われなければどうなっていたことか)
エレナ女王はエミーユにとって恩人だ。路上生活では、リベルは到底育たなかっただろう。それどころか、エミーユも行き倒れて、今ごろ生きてはいなかったかもしれない。
エミーユはエレナ女王には敬意と感謝でいっぱいだった。
エレナ女王に仕えるほとんどの者は、エミーユ同様、エレナ女王に崇拝に似た気持ちを抱いている。
ノルラント王都には戦火は届かなかったが、戦争の影は人々に色濃く落ちていた。
グレン帝国への抵抗は根気強く、長いことグレンの侵略に耐え、周辺国は連合を結び、ともに戦った。
エミーユは、子育てをしながら、王宮やノルラント各地でバイオリンを弾いた。
長引く戦火に疲れた人々をバイオリンで励ました。
リベルが伝い歩きをし始めたころ、戦争は終結した。
グレン帝国の内部からの崩壊だった。帝国でクーデターが起きた。グレン皇帝は殺害され、軍事政権下で新皇帝による新しい体制が立った。新グレンは侵略をやめて周辺国と次々と和平を結んだ。
大陸に平和が戻った。
ノルラントに亡命中だったエレナ女王も、エルラントに復位した。
エルラント帰国後、エミーユはそのままエレナ女王のもとで、宮廷楽団の復興に携わることになった。
***
「エミーユ、故郷の港町にリベルを連れて行きなさい」
復位してしばらく経った頃、エレナ女王がエミーユにそう声をかけてきた。
戦争が終わってエルラントの各地に人々が戻ってきている。それは国外に逃れた人々だけではなく、グレン兵に連れ去られた妖人も同じだった。
グレンの新政権で、妖人は解放された。そればかりではなく、新政権は戦争で犠牲になった妖人や、その家族への補償を始めた。
エレナ女王はエミーユだけではなく、そのほかの使用人にも故郷に戻るように勧めていた。使用人を大切に思うエレナ女王らしい気配りだった。
エミーユはありがたく故郷を訪れることにした。
運が良ければ、エミーユの母親も家に戻っているかもしれなかった。
(生きていればだけど)
しかし、期待は抱かないほうがよかった。狩られた妖人はそのほとんどが生きてはいないだろう。
エミーユはリベルを抱き上げた。
「きゃははっ、えみーう」
「リベル、大好きだよ」
「だぃしゅきっ」
リベルは可愛い声を上げて、エミーユの顔をペタペタと触る。
「おうちに戻ろう」
「おうち?」
「エミーユの生まれた家だよ」
「えみーう、いえ」
「うん、一緒に行こうね」
「いっしょ、えみーう、いっしょ」
リベルは少しずつ言葉が上手になった。人見知りのあまりない子だが、エミーユがいないとすぐに探し回る。
燃えるような真っ赤な髪で、「えみーう、えみーう」と追いかけてくるのだから、どうしてもマリウスを思い出してしまう。
(ふふ、マリウスもいたら私は二人の甘えん坊の世話で大変だったな)
エミーユは故郷を訪ねることになった。
(何が起きていようと、故郷の町をリベルに見せよう)
故郷を訪ねるのにはエミーユには覚悟が要ることだった。
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