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銀髪の皇帝と赤毛の従兄②
「へえ、お前が音楽ねえ」
リージュ公は目を丸めてマリウスを見た後、口元をニヤつかせた。
「まあ、いいや。俺も宮廷楽団には用がある。あの楽長をどうしても俺のものにしたくなった」
リージュ公はさっきエミーユに引っぱたかれたところだった。
「楽長?」
マリウスはどういうわけか楽長をそういう対象にされることが不快だった。
(だってあの楽長は……)
そこまで考えてマリウスは首をひねる。
(あの楽長がなんだ……?)
楽長は栗色の髪にハシバミの目をしていた。だから、エミーユとは違う。マリウスは残念に思っただけだった。
マリウスにとって、この世界の人間は、エミーユか、そうでないか、に分けられる。
しかし、リージュ公に楽長をいやらしい目で見られていると思えば、何故か不快になる。
首をひねるマリウスにリージュ公がにやにやしながら言う。
「あの楽長、どう見ても俺に気があるのに、俺の頬をぶったんだぜ。そのあと俺を見つめて涙を流したんだ。ちょっと本気になっちゃうね。俺と以前に会ったことがあるらしい。こっちは覚えてないのが残念だ」
マリウスに不快さが増す。
(あの楽長が何だって気になるんだ……?)
考えても答えは出ない。マリウスはくぎを刺すしかできなかった。
「色事はほどほどにしとけよ」
「へいへい。陛下」
リージュ公は軽薄な返事をして部屋を出て行こうとした。
ふと、記憶に残る匂いがして、マリウスはリージュ公を呼び止めた。
「待て、リージュ公」
マリウスは背中を向けたリージュ公に近寄ると、スンスンと匂いを嗅ぎ始めた。リージュ公はビクッと背中を竦める。
「何だ?!」
「匂う」
「何がだ?!」
従弟に匂いを嗅がれて戸惑うリージュ公が逃げようとするも、マリウスはリージュ公をつかんで離さない。
マリウスは絨毯に膝をつき、リージュ公の腰を嗅ぎ始めた。
リージュ公は辟易したような声を出す。
「お前、俺を狙ってるのか。無理だぞ、お前なんか抱けねえからな。抱かれるのはもっといやだ」
そう言われてマリウスは憮然とした顔で立ち上がった。
マリウスは、リージュ公からエミーユの匂いを感じた気がしていた。
「リージュ公、気持ちの悪いことは金輪際言うな。冗談でもやめろ。お前、今日、誰と接触した?」
「えっと、令嬢に貴婦人が何人か」
「誰か部屋に入れたのか?」
リージュ公は指折りはじめる。
「貴婦人を5人ほど」
「そんなに?」
「うるさくするつもりはなかったけど。でもうるさかった?」
「そんなのはどうでもいい」
マリウスは冷ややかな目をリージュ公に向けて、居間でつながっているリージュ公の部屋に向かった。
リージュ公の寝室の匂いをスンスンと嗅ぐも、貴婦人のねっとりとした香油の匂いしかしなかった。
「マリウス、貴婦人たちに嫉妬してるのか。だが、俺に惚れても無駄だからな。どうしてもって言うなら、ほっぺにチューまでだ。それ以上先は絶対にないからな」
「金輪際それを言うな」
リージュ公の部屋からはエミーユの匂いはしない。
もう一度、リージュ公にひざまずいて、匂いを嗅ぐ。
エミーユの匂いが確かにする。
「だから、俺に惚れても無駄だ……」
そう言いかけたリージュ公の腹をマリウスが殴ると、リージュ公は硬い腹筋で跳ね返しながらも「うっ」と呻いた。
「この服を誰に触らせた?」
「まだ誰も触ってないはずだけど、あ、使用人が触ったかも。可愛い子が何人か着替えを手伝ってくれたから」
(使用人の残り香か……?)
エレナ女王は戦争中、ノルラントに亡命していたことを思い出した。
(エミーユはひょっとして、ノルラントでエレナ女王の使用人として召されたのか? そして、一緒にエルラントに戻ってきたのか。ならば、エミーユはここにいる……?)
リージュ公は、次第にらんらんと目を輝かせ始めたマリウスを不審な目で見るばかりだった。
そんなリージュ公のズボンのポケットには、さきほどエミーユから外した髪紐が入っているが、まさか、その匂いをマリウスが嗅ぎ取ったとは、マリウスもリージュ公も思いもしないことだった。
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