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果たされた再会②
エミーユは皇帝を見つめ返した。その髪はすっかり銀髪になっているが、その声音、その醸し出す雰囲気は、マリウスに間違いがなかった。
(マリウス。やはり皇帝がマリウスだった………! もう一度会えた……! やはりあなたはあなたのままだった)
マリウスには、世慣れしていない清廉さが感じられた。
無愛想さを隠れ蓑に、その奥には確かにマリウスらしい純真さが存在していた。
(けれども、リベルのことを知られるわけにはいかない。きっと皇帝のあなたはリベルをどこかに連れて行ってしまう)
マリウスはエミーユを黙って見つめていた。何も話しかけないで、ただ、じっとエミーユを見ている。
エミーユが戸惑った声を出す。
「用事とは何です?」
「あなたはグレン兵士の子を育てていると聞きました」
マリウスは遠慮がちに言う。誠実そうな喋り方はマリウスそのもののように感じ、エミーユはやはり目の前の皇帝がマリウスなのだと可笑しいほどに納得する。しかしながら、警戒を緩めるわけにはいかなかった。
(あなたにリベルを奪われるわけにはいかない)
「そ、それが何か? 陛下には関係のない話です!」
エミーユのピシャリとした言いように、マリウスは傷ついた顔を向けるも、それでも、エミーユに気遣う声を出した。
「奥さんは亡くなったのでしょう?」
「え………?」
「グレン兵士の遺族には年金が出ます。あなたにも子どもにも年金が出る。そのことを伝えたかった」
エミーユはポカンとした顔をした。
(ん………? 何の話だ?)
マリウスはひどく真面目な顔つきをしている。
「グレンには遺族補償の制度があるのです。その制度はグレン国外においても請求できる制度です」
マリウスは真剣な顔でとうとうと語る。そんなマリウスをエミーユは目を丸めて見つめた。
(マリウスは何か勘違いをしている……? そうか、マリウスは私をエミーユだと気づいてはいないのだ。リージュ公から私の話を断片的に聞いて、私に声をかけてくれたんだ)
今朝、皇帝が使用人たちにも音楽会を鑑賞させたことを思い出して、エミーユは尊敬の念が湧いてくるのを止められなかった。
(一介の使用人の私にまで気を遣ってくれるなんて、立派過ぎるぞ……)
エミーユからマリウスへの警戒が解ける。
(勘違いしてくれているのならば、そのまま勘違いしていて欲しい)
「私への気遣い、ありがとうございます。確かに私には子がいます。しかし、相手のグレン兵士は死んではおりません」
「そ、そうなのか………?」
「はい、元気でいてくれています」
(目の前にいる人だけど)
「そ、そうですか。今も睦まじく過ごしているのですね?」
「睦まじくとは言えませんが、元気でいてくれていることは確かです」
(マリウス、立派な皇帝になってくれて、私は本当に嬉しい)
エミーユはマリウスを見つめた。エミーユの目にはうっすらと涙が張っていた。エミーユは、マリウスに笑いかけた。
エミーユの笑みにマリウスは目を細め、切なげな顔を向けた。
「エ、エミ、レルシュ楽長………! 俺はあなたに何でもしてあげたい……! 何か困ったときには、俺を頼ってください……!」
皇帝の親切な申し出に、エミーユは素直に感謝した。
「ありがとうございます、陛下……! 陛下にも幸多からんことを!」
エミーユは儀礼的に会釈をし、そして、マリウスの前を辞した。
(本当に立派になった、マリウス………!)
エミーユは目からこぼれる涙を袖で拭った。
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