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第11話

 緩んでいた腕にもう一度力を込めて、ぎゅっと抱きしめる。 「おやすみ、詩雨さん」 「おやすみ、遙人」  お互いまだ熱を残しながらも、抱き合って眠った。 * *  久しぶりにぐっすり眠れたような気がした。やはり、詩雨さんの体温は安心する。  しかし、目覚めると隣には誰もいない。  壁掛け時計は八時前を指していた。 「……」 (二階かな)  二階事務所にはミニキッチンがついている。忙しい朝は大概事務所のテーブルで、食事を取る。  そんなことを考えていたら、ぐぐーっと腹が鳴った。 (そういえば、昨日は)  ふて寝モードだったせいで、夕食を食べ損なったことに初めて気づいた。  俺はルームウェアのまま階段を下りて行く。  事務所には灯りが点いている。  詩雨さん――と思ったら違った。 「何だ、あんたか」  事務所の床に足をつけた途端、ぽろっと口から零れてしまう。 「おはよう、ハルくん」  今日も爽やかだ。 「はよ……」  撮影の時は天下のハリウッド・スター様だと思い、自分的に丁寧な言葉を使っていた。しかし、昨日のこともあって、面倒になってしまった。友人と話す時よりもかなりぞんざいに答える。  カイトは事務所の応接セットで朝食を食べていた。 「……詩雨さんは?」 「出かけたよ。今日は『エンゲージ』とは別口の仕事だって」 「ふうん――あんたは? 撮影?」 「僕はあと一時間くらいしたら出かけるよ。――それより、一緒にどう?」  カイトはテーブルの上に載っている皿から、サンドウィッチを一つ摘まんだ。  大きめのカップには具沢山の野菜スープが入っている。  俺は無言で頷く。水場の横にある水切りラックから自分用のカップを取り、IHコンロに載った鍋からスープをよそった。それを持ってカイトの向かいに座る。  一口飲むと優しい野菜の味がする。いつもの詩雨さんのスープだ。 「詩雨ちゃんが作ってくれたんだよ」 (知ってるよ)  心の中でそう言いながらサンドウィッチを食べる。 (あんたの為なんかじゃない。俺の為だ……これは言い過ぎか) 「詩雨ちゃん。お料理も上手なんだ」  詩雨さんは一人暮らしを始めても最初は余り料理をしていなかった。外食か買ってきたものを食べるのがほとんどだったという。  身体を壊していた空白の二年間は、ちゃんと食事をしていた記憶もないらしい。  しかし俺がこの部屋に通うようになって、簡単なものから二人で作り始めた。そのうち料理が面白くなってきた詩雨さんは、ネットでレシピを調べて作るようにまでなった。  そんな情報はカイトにやることはない。俺たちだけのエピソードだ。 「ますますお嫁さんに欲しくなったよ」  ぶっと思わず食べたものをすっ飛ばしそうになる。どうにか押し留めてごくんと飲み込む。 「それ本気(マジ)?」 「えー? どうかなー?」  ふふっと楽しげに笑う。  やっぱりこの男。爽やかなのは表面だけではなかろうか。何処か計算高さとか、大袈裟に言えば腹黒さを感じる。 (それとも、俺にだけか?)

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