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第14話

 それまで話し声はするけど、何を言っているのかわからないくらいの小さな声だったのに、カイトがテンションあげたのか急にボリュームアップする。  階段の途中で止まり、ちょうど二階の床の位置に顔だけを出して覗き込む。  事務所のソファーに横並びに座っている二人。しかし、身体はお互いを向いている。しかも、詩雨さんが胸の辺りに合わせた両手を、カイトが覆うように握りしめている。  顔もかなり近い。 (なんだ、これ? どういうことだ)  心臓はバクバク音を立てている。 「詩雨ちゃんならハリウッドでもやっていける。僕の親しい監督や俳優仲間にも紹介するよ」  カイトはいったい何を言っているのだろう。  詩雨さんの答えなんかわかっているのに。詩雨さんはアメリカなんかに行かない。  そう思っていたのに。 「う~ん……」  カイトに手を握られたまま思案顔。 (なんだよ。どうして、すぐ返事しないんだ) 「オレには勿体ないくらいのいい話だな」  俺は思わず「えっ」と声に出しそうなのをどうにか押さえた。 「じゃあ!」  声に明るさが増し、更にぐいっと顔を近づける。 「でも、事務所(ここ)あるしな。ここはオレにとって大事な場所だ。カメラマンとしてやっていくと決めて、一から自分で作った場所。一旦写真を撮ることができなくなって――再び始めた場所」  詩雨さんの目差しはカイトを通り越し、遠い過去を見ているようだ。 (そうだよ。ここには詩雨さんの大切にしてきたものがある。置いていくわけには行かない。それに――俺もいるんだから) 「アメリカを拠点として日本でも仕事をすればいい。その時にはここに戻って来れば。そうだ、ハルくんにずっとここに住んで貰えば? 人がいない家は荒れるって言うし」  まるでもう詩雨さんの渡米が決まったことのように言う。   (俺に独りで住めっていうのか)  怒りで腹がむかむかする。怒鳴り込んで行きたいのを俺はぐっと(こら)えた。  ここで聞いているのがバレたら、俺の立場がない。 「向こうで僕と住もうよ。部屋も空いてるし」 (なにっ。ふざけたこと言ってるんじゃねぇよ。――詩雨さん、はっきり断ってくれ)  祈るような気持ちで彼の顔を見つめる。  しかし。 「うーん。そうだなー……もう少し、考えさせて」 (え……)  俺は耳を疑った。 「勿論だよ!」  カイトがとうとう詩雨さんに抱きついた。詩雨さんは、よしよしという感じで、彼の頭を撫でる。  俺は目も疑った。 (どういう……ことだよ。詩雨さん……)  俺は愕然として、今上がって来た階段を静かに下りて行った。 * *  もうすぐ午前零時になろうかという時刻。  俺は再び帰宅した。  詩雨さんからメッセージが何度か届いたが、通知画面を見るだけに|留《とど》めた。  

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