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第8話

 ルドヴィックの唇は柔らかくて、熱い。  反応できない俺をよそに、ルドヴィックは何度もキスを繰り返す。角度を変えて、俺と自身の唇を合わせる。 「……ノアム」  唇が離れて、ルドヴィックが俺の名前を呼んだ。  切ない、悲しい。瞳と声から伝わってくる感情に、俺の胸が苦しくなる。 (なんで、こんなこと)  そもそも、ルドヴィックにはリュリュがいるじゃんか。  俺にキスするなんて意味わかんない。 「ねぇ、ノアム」 「――最低だよ」  喜んだ自分の気持ちを押し殺し、低い声で告げる。ルドヴィックは目を見開いた。 「なんだよ、なんでキスなんてするんだよ」 「ノアム、あのさ」 「俺はお前にキスなんてされたくなかった」  嘘。本当はすごく嬉しかった。  でも、ルドヴィックとリュリュの様子が思い浮かんで、胸が冷え切っていく。 「出てけよ」  このままここにいたら、リュリュが勘違いしてしまう。  俺とルドヴィックが恋仲だって思わせてしまう。  俺の肩をつかむルドヴィックの力が緩んだ。今のうちに、逃げてしまおう。 (一度客間かどこかに避難して――)  寝台を降りようとして、手首をつかまれた。勢いよく引っ張られ、寝台に戻される。いや、ほぼ放り投げられたようなものだった。 「ルドヴィック!」  抗議するように名前を呼ぶと、ルドヴィックが顔をゆがめる。奥歯をぎりっと噛んだのがわかった。 「ノアム、そんなに俺のことが嫌い? 俺に触られるの、嫌なの?」 「……お前、変だよ」  なんで、こんなことを聞くんだよ。  これじゃあまるで、ルドヴィックも俺のことが好きみたいじゃんか。 「変じゃない。俺はいつも通りだ。変なのはノアムだろ」  ルドヴィックが寝台に乗り上げて、俺に近づいてくる。  頭のどこかで警告音が鳴った。 「最近俺のこと避けるし、様子もおかしいし」 「それは……」 「俺がなにかしたなら謝るから教えてよ」  ルドヴィックが俺に覆いかぶさった。  完全に逃げ道をふさがれ、心臓が嫌な音を鳴らす。 「……別にルドヴィックがなにかしたわけじゃないし」  視線を逸らす。ルドヴィックはなにも言わなかった。 「なんか、俺がもうお前といたくないなって思っただけだよ」 「ノアム」 「大体、俺らもう年頃だよ。ずっとべったりなんて――できないんだよ」  そうだ。俺はルドヴィックと一緒にいたくない。 「俺らにもいずれ婚約者ができるじゃんか。恋人だってできるかも。そのときも一緒にいたら、相手に悪いし勘違いさせるって」  遠回しにリュリュのことを伝えたつもりだった。 「だから、適切な距離になろうよ。べったりじゃなくて、一般的な友人になろうよ」  俺はルドヴィックの『親友』になりたかった。しかし、無理だった。  一方が恋心を持った時点で――『親友』でいることは許されなくなる。 「ほら、わかったらさっさと出て行って。俺もいろいろ落ち着いたら、また外に出るし」  ルドヴィックの青の双眸が、俺をじっと見ている。背筋に嫌な汗が伝った。 「俺にはなにもわからないよ」  静かな声に、確かな怒り。 「ノアムの言っていることの意味も理由もわからない。俺がノアムとべったりでなにが悪いの?」 「だから、それは」 「それとも、ノアムに好きな人がいるっていうこと?」  ルドヴィックから顔をそむけた。だって、知られたくないじゃんか。  顔の上でルドヴィックがため息をつく。 「そっか。わかった。ノアムは俺から離れたかったんだね。その『好きな人』のために」 「……そういうことでいいよ」  ルドヴィックから離れることができるなら、もうそれでいいや。  投げやりになって吐き捨てる。  でも、これでルドヴィックはわかってくれる――はずだったのに。 「じゃあ、俺は余計に離れたりしないから」  言葉に目を見開いた俺を見下ろし、ルドヴィックは俺にキスを落とす。 「ル――」 「大人しく俺に身を任せて。……気持ちよくしてあげるから」  これは一体どういうことなのだろうか?  混乱する俺の唇に、またキスが降ってきた。

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