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第3章:夏祭り 第1話①

 境内の片隅に植えたハーブたちへと水をやりながら鼻歌を歌う。悠真からの許可を得てまずはセイジやローズマリーなど五種類のハーブを見繕って植えてみた。きちんと育つまでにはしばらくかかるだろうが、育成も楽しみの一つだ。  お守りに使うためのハーブは既に大きくなっているものを購入して焚き染めてみた。梨々花たちにも意見を求めてみたが、概ね好評だったことで安堵する。独りよがりになっていないか心配だった。その懸念は無事に払拭される。  この世界は本当に便利だと思う。お金というものさえあれば何でも手に入れられるし、何なら通販を使えば指定した場所まで届けてくれるのだ。  里ではそもそも通貨という物が存在しない。基本的には全て自給自足の生活をしている。里以外ではそのような物があるということを知ってはいたが、実際に使ったことがなかったため、ピンとこなかった。  逆に言えば、お金がなければ何にもできない。雨漏りだって直せないし、食べ物も買えない。必要な分だけを狩り、修繕が必要とあらば里の者で修理するのが当たり前だと思っていた生活をしていたセイルにとっては便利でもあり、不便でもある。  いくつか試すために買ってみたハーブのうち、残った物に関しては貰っても良いと言われたため、家へと持ち帰ってハーブティーを作ってみた。思っていたよりも香りが良く、里で飲んでいた薬草よりもスッとして飲みやすい。いくつか試した物の中で一番美味しかったものを鷹臣に出してみれば、文句など言わずに飲んでくれた。あっという間に空になったカップを下げる時には、思わず笑みが浮かんでしまった程だ。  それからというもの、様々なハーブを取り寄せてみては美味しかったものを鷹臣に出すようになった。  最近は、ネットの文字を音読してくれる機能を教えてもらい、各段にネット上の情報を収集しやすくなった。更には、自分の言葉も文字に起こしてくれる機能があるため、SNSへの投稿も誰かに文章を打ってもらう必要がなくなった。自分でできることが増えるのは嬉しい。  空いた時間には情報収集をするようにしているが、結界に関するようなことはなかなか出てこない。それらしきものを見つけては悠真や梨々花たちに聞いてみるも、どれもガセ情報ばかりで役に立たなかった。  しかし、ハーブティーのお陰も少しはあるのか、鷹臣の態度が少し軟化したような気がする。互いに顔を合わせてもセックスだけの生活だったのが、少しだけだが話をするようになった。  別に取り留めのないことばかりだ。今日、何をしたか問われ、その日あったことを話すだけ。鷹臣自身のことを話すことはないが、少しだけでもコミュニケーションが取れるようになったことは大きな一歩だと思う。  それに、作った物を食べるようになってくれた。ハーブティーだけだと少し味気ないかと思い、一緒に摘まみ程度の物を出してみれば、きちんと完食してくれた。それが嬉しくてあれもこれもと出してみれば、いつの間にやら夕飯の量に近くなっていた。それに伴うように鷹臣の帰宅時間が早くなったこともあり、待ち時間はあるものの、共に夕食を摂れるようになったのは大きい。  寝る前にセックスするのは変わらないが、それでも鷹臣との間に性行為以外のことが生まれている。少しずつ鷹臣との関係性が変わってきたような気がして嬉しくなる。  空梅雨はあっという間に明け、灼熱の日差しが降り注ぐ季節になってきた。大量の本を干すには雨天の心配がなくて良いが、さすがに暑すぎる。  エルフの里にはそもそも季節という概念がない。暑くも寒くもないため、こんなに暑くなると参ってしまう。社務所やマンション、送り迎えの車の中はエアコンが効いていて快適だが、掃き掃除などで外に出ると一気に汗が噴き出してくる。 「さすがにこんなに暑いと体力がもちませんね」 「う~ん、ここ最近は昔よりもずっと暑くなったしな~。僕らが子供の頃はこんなに暑くなかったんだけどね~」  パタパタと団扇で扇ぎながら悠真は土蔵の中で見つけた本を読んでいた。エアコンが効いているとはいえ、健康面や金銭面からできうる限り弱に設定されている。そのため、社務所の中ではエアコンと併用して扇風機を回しているが、日本の夏を初めて体験するセイルのためにと扇風機はもっぱらセイルのいる場所へと向けられていた。代わりとばかりに悠真は団扇を愛用している。  バイトの身分だから気にしないでほしいとは言ったものの、正直この暑さは体に堪える。一方の悠真はと言えば、毎年のことだから慣れていると笑いながら扇風機をほとんどセイル専用に使わせてくれていた。  悠真の手元にある本はまだ五冊目だ。全てを読破するにはまだまだ時間がかかりそうだ。何もできないことに歯がゆく思うも、仕方がない。自分にできることをするまでだと己に言い聞かせている。 「セイぽよ、ユマちん、おつ~!」 「差し入れですよ~」  レジ袋片手に授与所の窓を叩いていたのは制服姿の梨々花と私服の結月だった。二人は放課後、よく神社を訪れてくれる。中へと案内すれば、半分に分けられるタイプの棒付きアイスを手渡される。梨々花たちも半分に割って二人で一つをシェアして食べているので、悠真と二人で食べろということだろう。真ん中で半分にして悠真と共にいただくことにした。 「お二人はこんなに暑くても大丈夫ですか?」 「う~ん、ダルいっちゅえばダルいけどぉ、夏休みあるしね」 「あれ? 何で夏休みなのに制服着てんの?」 「梨々花、補習なんですよ。あんまり突っ込まないであげてください」  ブゥたれた顔をしたまま黙ってしまった梨々花に代わり、結月が悠真の問いに答える。学校に通ったことのないセイルにとっては「補習」というもの自体が何か分からないが、梨々花の表情を見る限りは良いものではないのだろう。梨々花には聞こえないように気を付けながら悠真にコッソリ聞いてみれば、休みの間に学校へ通って勉強していると聞き、驚くと同時にセイルは目をキラキラさせながら梨々花の方を見た。 「お休みにも関わらず勉強をしに行っているなんて、梨々花さんはとても勤勉なんですね!」 「うっ……」 「セイルさんに悪気がない分だけ、これは刺さりますね」  苦虫を噛み潰したような顔をしながらアイスの棒を齧る梨々花と、呆れた顔をする結月を交互に見ていると、悠真が耳打ちしてきた。テストの結果が悪くて登校しているだけで、自発的に勉強しているのではないと聞き、自分の言動で相手を傷つけてしまったと気付く。 「すみません……」 「セイルさん、お気になさらないでください。自業自得ですから」 「結月、きっつぃ~~~~~!!」  梨々花はジト目で隣に座る結月へと肩で小突いているが、結月は全く意に介していないようだ。アイスを食べ終え、優雅に茶を啜っている。 「でも、登校するだけでも暑くて大変でしょう。本当に梨々花さんは頑張り屋さんですね。私なんて、ちょっと掃き掃除するだけで毎日溶けちゃいそうです」 「いや、暑いよ? 暑いけど、夏だしね。しゃーないかなーって」 「日本に生まれた宿命ですね」 「まあ、その分、夏とか冬でオシャレもいろいろ楽しめるし」 「それはあるね。四季ほど美しく彩るものはないから。紅葉も桜も楽しめるのは四季があるお陰だし、日本の自然の美しさは四季があるからこそ楽しめるってもんだ。景色が季節によって表情を変えるのは日本ならではだと僕も思うよ」  ウンウンと皆が首肯している。この地で育っていないセイルにとってはあまり実感できていないが、三人には当たり前であり、この暑さというのも生活において必要不可欠なものなのかもしれない。 「そう言えば、もうすぐ日向神社の夏祭りですね。今年もやるんですよね?」 「もちろん! そのために着々と準備も進めてるしね。梨々花ちゃんたちも毎年来てくれてるの?」 「あったり前じゃ~ん! この辺りの子はみんな行くっしょ。今年用の浴衣も買ったし、準備万端だって!」  結月が話題を変えてくれた途端に梨々花がいつもの元気さを取り戻した。そのことにホッとする。自分で振ってしまった話題で傷つけていないかと心配していた。 「夏祭りというのは、何ですか?」 「ああ、そっか。まだセイルちゃんには話してなかったね。毎年お盆の時期にこの神社で毎年恒例のお祭りをするんだ。境内とか近くに夜店も並ぶし、すごく賑やかになるんだよ。いつも閑古鳥の鳴いてたこの神社でも、祭りの時くらいはみんなこぞって遊びに来てくれるから、今年は更に盛り上がるはず」 「へぇ。それは楽しみですね!」  三人は今年の祭りや浴衣の話題で盛り上がっていた。三人の顔を見ている限り、とても楽しみにしていることなのだろう。聞いているだけでワクワクしてくる。 「セイルさんも浴衣着るんですか?」 「いえ、私はそういうのは持っていないので」 「えー!? ありえなーい!! 絶対似合うに決まってるし、バズり確定イベじゃん!!」  身を乗り出してくる二人に対し、曖昧に笑ってごまかした。  浴衣という服がどんなものかは分からないが、そんな物買えるような身分ではない。居候であり、我が儘や贅沢を言えるような立場ではないのだから。 「あっ、セイルちゃん、そう言えば、こないだ貰ったゼリー冷蔵庫に冷やしてたよね。二人の分、持ってきてあげて~」 「そうですね。あれ、美味しかったですもんね。お二人共、少し待っていてください」  悠真に言われて台所へと取りに向かう。二人分のゼリーとスプーンを用意して戻れば、セイルの方を見てニンマリと笑う三人がいた。 「どうしましたか? 私の顔に何か付いてますか?」  小首を傾げるも、三人は黙ったまま笑うばかり。教えてくれそうにない雰囲気を出しており、それ以上聞くことはできなかった。

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