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第3章:夏祭り 第2話

 社務所から見えた光景よりも更に境内は賑わっていた。辺り一面、様々な食べ物の香りが漂っている。甘いチョコレートの香りから、肉の焦げる香ばしい匂いまで様々だ。  キョロキョロと辺りを見回していると、慣れない草履でつんのめりそうになる。 「わわっ」  咄嗟に近くにいた鷹臣の袖を掴み、転倒を免れた。しかし、掴まれた鷹臣は呆れ顔でセイルを見下ろしていた。 「何してんだよ、どんくせぇな」 「すいません、見る物全部珍しくって」  見慣れた商店街の店とも違い、出店が興味深くて堪らなかった。カラフルなテントや様々な食べ物が並び、どれもワクワクする。しかも、活気のある雰囲気がまた良い。訪れている人たちも皆楽しそうだ。 「ところで、駐車場にある建物、何ですか?」  境内の隣にある駐車場には、大きな櫓が建てられていた。昨日まではなかったもので、今朝から業者が入ってトンカン音をさせていたため、ずっと気になっていたのだが、悠真はずっと忙しそうにしており、聞けずじまいだった。 「盆踊りの櫓だろ。あの櫓の周りで時間になったらみんなが躍んだよ。夏の恒例行事みたいなもんだ」 「へぇ~」  それはとても楽しそうだ。あまり日本人が躍る姿をSNS以外では見たことがない。梨々花以外に誰かが躍っている姿を実際に目の前で見たことはないし、それが複数ともなればなおさら興味がそそられる。 「盆踊りっていうのは私でもできますか?」 「何だ、やりてぇのか?」 「だって、盆踊りしないと、警察に捕まっちゃうんですよね? 法律で決まってるって」 「はぁ? 何だそりゃ」 「え? 違うんですか?」  梨々花たちから聞いたことを話せば、ブッと鷹臣が噴き出した。この人がこんな風に笑うところを見たことがないため、驚きに目を見開く。 「んな訳ねーだろ。お前、クソガキ連中にまで揶揄われてんのか?」 「梨々花さんたちはクソじゃありません! そんな風に言うのはやめてください」 「分かったよ」  頬を膨らませて肩を怒らせれば、ポンポンと頭を叩かれる。子供のようなあやし方だが、鷹臣の顔が楽しそうに見えたため、これ以上言うのはやめにする。理解してさえくれればそれで良い。 「腹が減ったな。盆踊りでも何でもやりたきゃ好きにすれば良いが、その前に腹ごなしが先だ」  鳥居まで歩いてきた道を戻るように方向転換する。何でも好きな物を買ってやると言われてそれまで以上に周囲へと視線を寄せた。  屋台で売られている商品は商店街にあるものとも、スーパーにあるものとも違う。焼きそばやタコ焼きなど、一部は総菜コーナーで見たことあるが、綿あめやりんご飴などは初見だ。 「あっ、あれ食べたいです!」  指さした先にあるのはかき氷の屋台。アイスは食べたことがあるものの、かき氷はまだ経験がなかった。この時期、テレビやSNSなどでよく見るため、知識としては知っていたが、どんなものか一度で良いから食べてみたいと思っていたのだ。  屋台には数人の列がついていたため、その後ろに並ぶ。店先にある色とりどりのシロップを見ながら、どれにしようか悩んでしまう。 「すみません、まだちょっと文字がよく読めないんですが、何味があるんですか?」 「あれか? あー……苺とメロンとレモンとブルーハワイだな」 「ブルーハワイ?」  苺やメロンなどは分かるが、馴染みのない言葉が出て来て目を輝かせる。全く味の想像がつかない。鷹臣によって指さされた先にあったのは、美しい水色のシロップだった。涼やかで見た目にも涼を感じられる。  セイルたちの番になり、迷わずブルーハワイを注文した。ガリガリと目の前で氷が細かく砕かれる。白い雪山にかけられた水色のシロップは宝の山のようにセイルの目に映った。  渡されたかき氷を前にして手の中の雪山をキラキラとした視線で見つめる。スチロール製の容器には「氷」とデカデカと書かれた文字と共に雪山とペンギンの絵が描かれている。漢字はほとんど読めないが、商店街の喫茶店の軒先にも同じ文字が書かれた旗が出ていたため、送迎の時に慎吾に意味を教えてもらった。  当然ながら、エルフの里には氷などというものはない。食べ物は基本的に風通しの良い場所に置くしかなく、生ものは出来る限り早く消費するか必要となった時に取りに行く。狩りで大物の獲物が獲れた時には乾燥させて保存食とする。  暑い日が続いているため、飲み物に氷を入れることはよくあるが、氷自体を食べるというのは初体験だ。 「鷹臣さん、これ、撮ってください!」 「ああ? こんなん、どこでも食えんぞ。テメーらの言う〝映え〟ってやつとは違うんじゃねーか?」 「そんなことないですよ! すっごく綺麗じゃないですか」  屋台の軒先や境内に灯された提灯の明かりに照らされて、かき氷はキラキラと輝いて見える。こんなに美しい食べ物、滅多にない気がする。  鷹臣は相変わらず呆れたような顔をしていたが、それ以上文句を言うこともなくセイルのスマホを受け取るとかき氷を撮影してくれた。 「ほらよ。早く食わねーと溶けるぞ」 「あっ、そうですよね」  スマホを返してもらい、かき氷に刺さっているストローを抜く。普通のストローと違い、先がスプーンのような形状をしているため、食べやすそうだ。氷が溶けて液体になってしまったらジュースとして飲めるようにという配慮なのだろう。こういうところは何とも合理的だ。この世界の品物には感心する物が多い。 「かき氷ってのは、一気に食うのが通の食い方だぜ?」 「へぇ、そうなんですね。じゃあ、一気にいきます!」  多めに掬えば、ストローの先に水色の小山ができる。鷹臣の言う通り、三口分ほどを手早く口の中へと入れると、口内にひんやりとした甘さが広がった。  そして、キーンと頭が痛くなる。 「ん~! 頭痛いです……」  思わず硬く目を瞑る。キンキンとした痛覚が脳に響く。未だ頭の中に痛みが走る中、目を開いてみれば、声を押し殺して笑う鷹臣の姿。 「本当にやる奴がいるかよ」 「かき氷って、もしかして危険な食べ物なんですか?」  皆がこぞって食べているからそんな危ない物だとは思っていなかった。  しかし、相変わらずかき氷の屋台には列がついているし、購入した人たちは平然としながら食べている。むしろ、嬉しそうだ。 「かき氷は一気に食うと頭痛くなんだよ。そんなの常識だろうが」 「し、知りませんもん、そんな常識~!」  未だにキンキンしているコメカミを押さえながら鷹臣を睨みつける。しばらくすると頭痛も収まったため、今度は少量ずつをゆっくりと口に含んだ。口内が冷え、体感温度が下がるようだ。 「ん~、美味しいです。暑い時にピッタリですね。鷹臣さんは食べないんですか?」 「そんな甘ったるいモン食えるか」 「そうですか……」  セイルと並んで歩いていた鷹臣だったが、焼きそばの屋台の前で立ち止まり、一パック購入する。ソースの良い香りが食欲をそそる。  拝殿の周りを囲む回廊に腰をかけて休むことにした。鷹臣は立ったまま食べようとしていたが、さすがに行儀が悪いし参道に落としたら他の人にも迷惑がかかる。拝殿の正面側の回廊では目立つため、側面の奥の方を少しだけ借りることにした。  祭りの喧騒を聞きながら二人並んで食べる。特に会話はない。チラリと横目で窺い見た鷹臣は、いつも通り何を考えているのかよく分からない表情をしている。見ようによっては不機嫌ともとれる。 「あのぉ……」 「何だ」  意を決して話しかけてみた。鷹臣はセイルの方を一瞬チラリと見ただけで、すぐにパックの中の焼きそばへと視線を戻してしまう。  セイルは逡巡した。このまま話しかけ続けても良いのか。それとも、黙っていた方が良いのか。  しかし、目に見えて怒っているような雰囲気ではないため、話を続けることにした。 「あの、お盆って何ですか?」 「ああ?」 「悠真さんが言ってたんです。お盆は夏祭りをする時期だって。でも、悠真さん、結構毎日お忙しそうにしてたので、なかなか伺う機会がなくて。コップとかお皿とか載せてお料理出したりするお盆と何か関係あるんですか?」 「そうだな……」  焼きそばを食べ終え、胸元のポケットから煙草を取り出した鷹臣に対し、もう注意する気にもなれず返答を待つばかりとなった。携帯灰皿は持ち歩いているようだし、ごみを出さず、誰かに見咎められなければ良しとすることにしようと諦めた。  幸い、参拝客らはほとんどが屋台の方にいて、この辺りまで立ち入って来る人は見当たらない。 「踊りに来る奴らがみんな盆持って踊るからこの時期を『お盆』って言うんだよ」 「なるほど~。じゃあ、私もお盆持って来なきゃいけませんね。確か、お台所にあったと思うので、悠真さんに鍵をお借りしてこなきゃ……」 「ばーか、嘘に決まってんだろ。何信じてんだよ」  プッと吹き出した後、声を上げて笑う鷹臣を見て唖然としていたものの、またからかわれたのだと気付き、ストローを噛んだままジト目で睨み上げる。 「盆の由来なんて俺が知るはずねーだろ。日本はこの時期を『盆』って呼ぶって昔から決まってんだよ」 「そういうものなんですねぇ。お祭りをする時期だからお盆って言うんでしょうか」 「そうじゃねぇ。盆は死んだ奴らがこの時期だけあの世から戻って来んだよ」 「へぇ~! 何でですか?」 「細けぇことは知らねぇって言ってんだろーが。一年に一回くらいは先祖を偲ぶとかそういうやつじゃねーのか?」 「一年に一回だけなんてご先祖様たちが可哀想ですよ……。それに、私は亡くなった母をずっと偲んでますよ? 一年に一回なんて言わず、それこそ毎日」 「はぁ? 毎日ぃ? だからテメーはウジウジ暗ぇんだよ。そんなんは年一くらいにしとけ」 「く、暗い……」  またしても鷹臣の言葉にショックを受ける。確かに、ミアナや梨々花たちに比べれば明るいタイプではないという自覚はあるが、そんな風に見られてるとは思っていなかった。SNSのためにもできる限り明るく振る舞おうとは思っていたし、これからは参拝客のためにももっと快活にした方が良いのだろうかと思い悩む。 「テメーがいつまでも暗いままだと、死んだ母親だって心配になるだろうが」 「あっ……そっか……」  口から細く煙草の煙をくゆらせる鷹臣は遠くを見つめていた。  すぐ隣にいるというのに、なんだか距離を感じてしまう。なぜかは分からなかったが、無性に近くにいたくて堪らなかった。  鷹臣の唇に焼きそばの青のりがついているのを見つける。屋台や櫓の方とは違って境内の奥は薄暗く、よく見なければ分からない程度ではあったが。  浴衣を着付けてもらった時に鞄替わりだと言って渡された巾着の中からハンカチを取り出す。鷹臣の口元を拭こうと手を伸ばした瞬間、警戒心を露わにした鷹臣によって手首を掴まれた。ギリリと握られ、痛みすら感じる。 「いたた……」 「何だ」 「いえ、唇に、青のりが付いていたので、拭こうかと思っただけで……」 「ああ、そうか……」  辺りに漂っていたピリピリとした空気が一瞬にして霧散する。手首を離してもらったが、真っ赤な痕になっていた。 「すいません、突然顔を触ろうとすれば驚かせちゃいますよね」  改めて謝ってから鷹臣の顔へとハンカチを寄せる。今度は止められることはなかった。唇の端に付いていた青のりをソッと拭き取り、ハンカチを巾着へと戻した。 「おい、こっち向いてみな」  かき氷を食べ終え、撮影してもらったかき氷の写真を眺めていると、鷹臣にヒョイとスマホを奪われた。キョトンとしていると、鷹臣からカメラを向けられる。 「口開けて舌出してみろ」  言われた通りに舌を出せば、パシャリとフラッシュが焚かれて撮影された。手元に戻ってきたスマホの画面を見れば、不思議そうな顔をしたまま舌を出したセイルの顔が映っている。 「ええええっ!? な、何でですか!?」  舌の色が水色になっていて驚いた。こんな色になったことなどない。もしかしたら、変な病気にでもなってしまったのだろうか。  顔を青褪めさせながら焦って鷹臣の方を見れば、鷹臣はクックッと声を押し殺しながら笑っている。 「ちょ、笑いごとじゃないですよぉ! もしかして、私、一生このままなんですか!?」  舌が水色になってしまったからと言って、何か体調に明確な変化があるわけではないが、何とも不気味だ。もしかしたら、舌から始まってこのまま全身が水色に染まってしまうのではないかと考えただけで背筋が凍る。顔面を蒼白にさせながらアワアワしていると、辛抱たまらんとばかりに鷹臣が噴き出した。 「んな訳ねーだろーが。かき氷食った程度で」  声を上げて笑う鷹臣に、またしてもからかわれたのだと察する。  しかし、スマホの写真にも実際に水色になった舌が映っているし、心配は拭えない。 「かき氷食えば、みんなそんな色になんだよ。メロン食えば緑になるし、苺食えば赤くなる」「これ、その内戻るんですよねぇ?」 「当たり前だろ。一生そんな色になるんだったら誰も食わねぇよ」 「よ、良かったぁ~~~」  心底ホッとする。今後、人様の前で口を開けなくなるか、マスク生活を余儀なくされるところだった。この暑さの中で頑なにマスクをしていれば、熱中症になってしまいかねない。 「まあ、取ってやらなくもねぇがな」  ニィと笑った鷹臣がセイルの後頭部を掴んだ。近づいてくる男らしい顔。あまりにも近いため、視線の行き場に困り、目を閉じた。 「んっ」  重なる唇。ヌルリと挿入り込んできた熱い舌。かき氷で冷えていたセイルの舌とは違い、熱を持っている。少しだけ焼きそばのソースの味がする。もしかしたら、鷹臣にはブルーハワイの甘さが伝わっているのかもしれないと考えると、キュンと胸が締め付けられるように鳴った。  鷹臣の舌先が明確な意思を持ってセイルの舌の表面をなぞる。一度だけではなく、何度も繰り返していく。 「んぅ……」  舌の先の方から口内の奥まで舐められる感触はゾクゾクとしてしまう。体の奥の性感帯までもが刺激されているようだ。こんな場所で感じている場合ではない。太腿同士を擦り合わせる。少しでも刺激を発散させたかった。  しかし、そんななけなしの努力すらも鷹臣の巧みな舌使いの前では徒労に終わる。ジュッと音をたてて舌を吸われれば、耳からも淫靡な刺激に犯されている気分になってくる。 「やめ……こんな、場所で……」  人気がないとはいえ、ここは隔絶された室内ではない。いつ誰が通りかかるともしれない公共のスペースだ。  しかも、神社の境内という神聖な場所。そんな所でこんな風に肉欲に駆られて良いはずがない。  嫌々と首を振って唇を離そうと試みるも、後頭部に回された鷹臣の手によってガッシリと固定されている。逃げ場など存在しない。  それどころか、嫌がるセイルを面白がるように口づけは濃厚なものになっていく。狭い口内で逃げ惑っていても、絡め取られるのは時間の問題だった。ねっとりと絡みつかれ、吸い上げられる。それだけでゾクゾクとした刺激が全身に走り抜ける。  口の中から響く水音。祭りの喧騒と混じり、セイルの体を火照らせる。梨々花たちも、この地区の年に一度の楽しみだと語っていた。皆が健全に楽しんでいるというのに、淫らな刺激に身を任せているなんて、許されるはずもない。  それなのに、そう考えるだけでどんどん体が熱くなってしまう。浴衣の下腹に染みができていないか心配になる。  鷹臣のシャツの袖をキュッと掴んだ。何かに縋り付いていないと、この淫靡な刺激に翻弄されてしまいそうになる。頭の中が鷹臣でいっぱいだ。  この体は知ってしまっている。口づけの後に行われる行為を。快感に塗れる、ある種の幸福を。  やっと唇が離された時、口元はどちらとも分からない唾液で濡れそぼっていた。繋がっていた銀糸がプツリと切れ、互いの肌に張り付く。それを見るだけで一気に羞恥心でいっぱいになる。 「ダメって……言った……のに……」 「ダメだぁ? 誰に向かって物言ってんだてめぇは」 「あっ!」  耳を引っ張られ、痛みに顔を顰めた。 「あっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」  エルフにとって、耳は弱点の一つだ。手荒にされるのは避けたい。  幸い、鷹臣はすぐに手を離してくれたため、千切られるのではという恐怖心からは逃れられた。  ホッとしたのもつかの間、腿に手を這わされ、ビクリと体が跳ねる。 「ここ、こんなにしといて、ダメも嫌だもねーだろうが」 「んっ」  卑猥な手付きで腿を撫でられる。その手が屹立している下腹に辿り着き、触られればどうしても感じてしまう。 「どうする? このまま戻るのか?」 「やっ……しばらく、すれば……収まる、から……」 「そんなん待ってやる義理、ねぇよなぁ?」 「ひっ!」  手を取られ、導かれた先は鷹臣の下腹。スラックスの下は緩く勃ち上がっていた。毎夜のまぐわいを思い出し、赤面する。まだそこまで硬くはないが、着実に兆し始めている。 「テメェのせいでこんなんなってんだ。もちろん、責任は取るよなぁ?」  耳元で囁かれ、ビクリと体が跳ねた。  それが期待からくるものだと分かっている。  声に出すのは憚られ、小さく首を縦に振った。

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