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第4章:抗争 第2話①

 神社でのバイトを終え、スーパーで買い物を済ませてから帰宅した。朝、テレビで見た牛スジのカレーを弱火でコトコトと煮込む。彩りや栄養などを加味して買ってきたナスやズッキーニ、パプリカなどを焼いていると、玄関の扉が開く音がする。時計を見れば、まだ午後七時を回ったところだ。ここ最近、こんなに早く鷹臣が帰って来たことがなかったため、驚いてしまう。 「鷹臣さん、お帰りなさい。どうしたんですか? 今日、随分早かったですね」  鍋とフライパンの火を消して玄関先へと駆けて行った。靴を脱いだ鷹臣がセイルの額へと掌を当てる。突然の行動に訳が分からず、キョトンとしたまま鷹臣を見上げた。 「熱は……ないようだな」 「へ? どこも体調悪くはないですけど」  パチパチと瞬きを繰り返していると、小さく嘆息した鷹臣がネクタイを寛げた。 「真柴が今日、お前の様子が変だったって言ってたからな。別に何でもないならそれでいい」  セイルへとネクタイを手渡し、リビングへと歩いて行ってしまう。  しばらくの間その場で呆然としていたが、鷹臣の言葉の意味を理解してカァァと頬が紅潮する。  急いでリビングへと戻れば、鷹臣がキッチンで鍋の蓋を開けているところだった。 「今日はカレーか? 飯食ってねぇから、できてんなら……」 「鷹臣さぁん!」 「うぐっ」  タックルのように鷹臣に抱きついた。どっしりとしている鷹臣はふらつくようなことはないが、さすがに驚いたようだ。 「何だよ、てめぇ、いきなり」 「心配、してくれたんですか?」  期待を込めた眼差しで見上げれば、罰の悪そうな顔をした鷹臣がグイッとセイルの体を引き剥がした。 「してねぇよ。ぶっ倒れても、エルフの対処の仕方なんて知らねぇから困るってだけだ」  嫌そうに話していても、それが本心じゃないことは何となく分かる。意地っ張りで、本当は寂しがり屋で、でもそんな弱いところは他人に見せたくなくて。優しいのに、突っぱねるような振りをして。よくよく考えれば、三十五歳なんてまだ子供だ。人間は成長速度が速いからこんなに育っているが、セイルが同い年の頃など、まだ親の庇護の元、遊ぶことが仕事のような年頃だった。  そう考えれば、まだ幼いのにこんなに立派に頑張っている姿は賞賛に値する。悠真もみんな含めて。 「鷹臣さん、そんなに頑張らなくて良いんですからね? 鷹臣さんが私を心配してくださるように、私も鷹臣さんが倒れたらどうして良いか分かりません。この世界の常識もまだ全然覚えきれていませんし。だから、あまり無理をなさらないでください。ずっと……」  そこまで言いかけてハッとした。  今、自分が何を言いかけたかに気づき、困惑する。 「あ? ずっと何だよ」 「いえ、何でもないです! 今日、テレビ見てて、カレー作ってみたんです! 牛スジの夏野菜カレー! 鷹臣さん、最近お疲れのようでしたから、少しでもスタミナつけてもらいたいなぁって。本当は、ちゃんと試作とかしてから食べてもらおうと思ってたので、ちょっと味とかはまだ自信ないんですけど、それでも良ければ!」 「お、おう……。お前の飯美味いから別に心配はしてねぇけどよ」 「じゃあ、仕上げしますので、先にお風呂入って来て下さい! すぐにお湯溜めますので」 「別にそれぐらい自分でできる」 「それでは、お願いします!」  早口でまくし立てた後、グイグイと鷹臣の背中を押してリビングから追い出した。パタリと扉を閉めた後、しばらくしてから廊下を歩く音がして、浴室の方から水音が聞こえて来た。薄い扉を隔てて鷹臣がいなくなったことを確信して、その場にへたり込んだ。  胸がドキドキとする。顔が熱い。両手で顔面を覆いながらフルフルと首を横に振った。  ずっと、一緒にいたいから。  自然とそう口に出そうとしていた。  そんなこと、できるはずもないというのに。  一刻も早く結界の修復方法を見つけ出し、里へ帰る。それがセイルに課された至上命題。  この国はそのために滞在しているだけであり、鷹臣の家だってあくまで仮暮らしの居場所だ。いずれは去ることが確定している。  しかし、その時を考えるだけで胸が痛くなる。  多分、本当はこれ以上考えてはならないことだろう。  引き返せなくなっては困る。この先のことはタブー。考えたところで、実現なんてしない。  だから、心に蓋をする。これ以上の深入りをしないように。 「さてと! ごはん、作らなきゃ」  できる限りの明るい声を出し、立ち上がった。コンロに火を点ける。再びクツクツと鳴り始める鍋を見ながら、平常心を取り戻すよう何度も深呼吸を繰り返した。

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