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第3話
第3章 裏と表
夜明け前の空気は、妙に冷たく澄んでいた。
玖条牙琉は全身を黒のスーツに包み、鏡の前に立っていた。
背筋は伸び、顎はわずかに上げられている。そこに映るのは、誰もが恐れ敬う「若頭」の顔だった。
眉間に刻まれた皺さえ威圧の証。組の会合に臨むにふさわしい、絶対的な権力者の貌だ。
――はずだった。
「……隠せんのかよ、それ」
唐突に背後から響く声。軽薄な響きを纏いながらも、耳の奥を掻きむしるような低さで。
天堂ルイの指が、牙琉の首筋をゆっくりなぞった。
「っ……!」
牙琉の目が大きく見開かれる。鏡越しに見えたのは、赤黒く浮かぶ痕。牙琉の肌に刻まれた、無惨な印。
「おい、ふざけるな……!」
声を荒げようとした瞬間、胸ぐらを掴まれ壁へ押しつけられた。
「その痕隠せるか?」
ルイが吐き捨てるように囁く。
「“俺の犬です”って顔して歩けよ」
「黙れ……!」
牙琉は唇を噛み、声を震わせた。誇り高き若頭の仮面が、剥がれていく。
否定すればするほど、胸の奥の熱は逆に燃え広がっていく。
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ルイの舌先が、容赦なく首筋を這う。
押し殺したはずの声が、喉の奥から漏れ出す。
「や、め……」
「震えてんぞ」
顎を持ち上げられ、荒々しく唇を塞がれる。
荒く侵入する舌。牙琉の体は無意識に反り返り、逃れようとするが――その必死の拒絶さえ、ルイにとっては格好の餌にすぎない。
「首、もっと見せろ」
耳元に突き刺さる命令。
「俺の痕、隠せねぇくらいにしてやる」
「……っ……!」
牙琉の呼吸が止まり、視界が霞む。
それでも、抗えない。否、抗うたびに心臓が狂ったように打ち、腰が熱に浮かされる。
牙琉は自ら襟を緩めてしまった。無様に、命令を受け入れるように。
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ルイが牙琉の喉元を噛んだ。
その瞬間、体がびくりと震え、足が崩れかける。
「お前、外じゃ威張ってんだろ。若頭様が、首にキスマーク隠して震えてるって……笑えるな」
「黙れ……っ……!」
牙琉は必死に言葉を吐く。
だが、ルイの指先が腰骨をなぞるたびに、全身が熱く痙攣する。
「ほら、動け。命令してやる」
吐息混じりの声に、牙琉は抗えず、腰を小さく震わせた。
その無様な仕草が、何よりも自分を貶める。だというのに――抗い難い甘美な快感が、背骨を駆け上がってくる。
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数時間後。
会合の場で、牙琉は冷徹な声を張り上げていた。
組員たちの視線を一身に受け、その威圧感は一分の隙もない。
だが――
「……若頭」
隣に座る部下が、小声で囁いた。
「首に、何か……」
刹那、牙琉の心臓が跳ねた。
ルイに刻まれた痕が、まだ鮮やかに残っている。
――その瞬間、若頭の仮面が音を立てて崩れ落ちる錯覚に襲われた。
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