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第7話

        抗争勃発  乾いた銃声が、夜の街を裂いた。  きらびやかなネオンの下、玖条会の車列が狙われる。フロントガラスが弾丸で粉砕され、組員たちの怒号が飛び交った。硝煙の匂いが空気を焦がし、路地裏に血の臭いが混ざる。  「若頭っ、こちらへ!」  部下の叫び声が飛ぶ。しかし、牙琉の耳に届くよりも先に、もっと強烈に胸を貫いた声があった。  「──立て。」  煙の向こうで、天堂ルイが笑っていた。薄暗い非常灯に照らされた横顔は、血も硝煙もどこ吹く風。挑発するように唇を歪め、軽く顎をしゃくる。  「立てよ、玖条。……俺の犬だろ?」  心臓が激しく打ち鳴らされる。恐怖か、銃声か──いや、違う。  その言葉に、背筋が痺れるように震えたのだ。  「……ルイの命令がなければ、俺は……」  声が震える。若頭の威厳を纏うべきこの場で、なぜか吐き出されたのは支配への渇望だった。  次の瞬間、弾丸が壁を抉り、破片が頬を裂く。痛みが走るより早く、牙琉は立ち上がった。膝が震えても、命令に従うために。  「そうそう……その顔だ。吠えるな、走れ。」  ルイの命令が夜を切り裂くたび、恐怖は奇妙な快楽へと変わっていく。  「ルイ……命令を……」  肩から血を流し、荒い息で縋るように声を上げる牙琉。その姿にルイは、喉の奥で笑いを堪えきれなかった。  「生きろ。……俺の犬は、死ぬことすら許されねぇんだよ。」  命の危機すら、彼の声が凌駕する。  牙琉は命令を浴びるごとに昂ぶり、銃を握る手に力を込める。背後で部下たちが叫ぶ声も、銃弾の雨も、もう何も耳に入らない。聞きたいのはただ、ルイの声だけだった。  ──撃ち返せ。  ──膝を折るな。  ──這ってでも俺のところまで来い。  命令に従うたび、体が動く。痛みすら心地よく、恐怖は甘美な興奮に変わっていく。  やがて銃撃戦が収束する。倒れた敵の影が夜に沈み、硝煙が冷気に溶けていく。  牙琉は血に濡れたスーツのまま、ふらつきながらもルイに歩み寄った。  「……ルイ……お前が命じるなら、俺は……どこまででも……」  崩れ落ちるようにその胸へと抱きつく。肩口に爪を立て、震える息を漏らす。  ルイはそんな牙琉を嗤いながら抱き留め、耳元に低く囁いた。  「可愛い犬だな。……吠えも噛みも、俺にしか見せられねぇくせに。」  血と火薬の臭いに包まれた抱擁は、背徳的で、甘すぎて、抗いようがなかった。  牙琉は威厳も立場も、命すらも捨てて、ただ一人の支配者に縋りつく。  その夜、若頭は銃弾よりも深く、命令という鎖に縛られていた。 ⸻

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