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第8話

         従属の誓い  夜の帳が降り、街は静まり返っていた。  だがその静寂は嵐の前触れに過ぎない。  明日には抗争が始まる。牙琉はそれを知りながらも、なぜか落ち着くことができなかった。  闇の中、天堂ルイの部屋へと足を運ぶ。  扉を閉めた途端、胸の奥で堰を切ったように感情があふれ出す。  強く在るはずの若頭が、ただの男に戻ってしまう。  「……ルイ」  震える声で名を呼ぶと、自然と涙がこぼれ落ちた。  「俺を……捨てないでくれ」  その一言に、ルイの目が冷たく光った。  次の瞬間、顎を乱暴に掴まれ、上を向かされる。  「犬は飼い主を裏切らねぇ。誓えよ」  言葉は鋭くても、その奥に潜むのは牙琉を縛りつける愛。  震える身体を支えるように、ルイは舌で流れる涙を舐め取った。  塩辛い雫が唇に伝うたび、牙琉の心は深く刻まれていく。  「……ルイ……俺は……お前の犬だ」  その答えを引き出すまで許さないとでも言うように、ルイはさらに追い込む。  床へと押しやられ、牙琉は膝をついた。  その姿は忠実な犬そのもの。  喉奥から絞り出すように、彼は言葉で誓う。  「俺は……生涯、天堂ルイの犬として生きる」  低く笑ったルイが、その頭を大きな掌で撫でた。  その仕草は残酷でありながら、限りない甘さを孕んでいる。  「よし……いい子だ」  牙琉の瞳に、ようやく涙の代わりに安堵が宿る。  それは支配に気づいたからではない。  支配こそが愛であり、愛こそが支配であると悟ったからだ。  ルイは耳元に顔を寄せ、静かに告げる。  「お前を捨てるわけねぇ。……舵を握るのは俺だ」  その言葉に牙琉は身を震わせ、縛られることに酔う。  明日どんな血の嵐が待とうとも、この従属の誓いがあれば、彼は逃げも隠れもできない。 ⸻

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