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第6話

 素材を使った強化を実際にやってみよう、と提案を受けて素材を保管している倉庫(前世の記憶を思い出して今世の記憶が飛んだ時に一番最初に立っていた部屋である)に移動したまでは良かったが。 「……」 「……」  沈黙が辛い。  執務室で話をした翌日以降、俺とシュンゲツさんの間には少し気まずい空気が流れていた。戻った記憶の衝撃が大きくて告白を蔑ろにしてしまった事でシュンゲツさんに申し訳ない気持ちが溢れていたからだ。シュンゲツさんもそんな俺の空気を感じたからか、告白の後でどう接したらいいかわからなくなってるかは定かではないがいつもより口数が少ない。結果的に所々で沈黙してしまっている。  強化初めてだから何したらいいか分からないが聞けなくて本当に困っている。 「……その、今のオレは星四半だから、必要な素材は此方の棚の……ああ、あった。これだ」 (星四半って何ですかって聞きたい〜〜〜)  また知らない単語が出てきたんだが。いつもなら即聞いて即解説が聞けるのに。  無言でシュンゲツさんが棚から出した素材を受け取る。思ってたより沢山の物を渡された。何かの羽根とか、糸とか、装飾品とか、これは魔物の爪か? みたいなものまで色々ある。服でも作るのか……?   同時にこういう素材特有の嗅ぎ慣れない匂いがして、少し眉をひそめた。ちょっと苦手かもしれない。  ……わざとおちゃらけたように物事を考えていたが、苦しくなったてきた。自分にはそんな価値等無いかもしれないというのに。  持ちきれそうになかった為渡された素材と持っていた素材の一覧表を傍にあった机の上に並べる事にした。  ようやく戻った記憶が自分が誰かを加害している光景だったのはショックが大きい。自分はそういう選択をとってしまう人間だったのか、と重くのしかかってしまう。生まれ変わっても自分は自分なのだからそんな事あるわけ無い、と無意識に信じていた。しかし以前の俺……トモは一線を越えてしまっていたらしい。  目を閉じるとあの嫌な光景が浮かんでくる。両手を縛られ、顔には殴られた痕があり、ベッドに寝かされていたタツヤさん。そして裸の自分がその上にいて、何かが体の中に……。  吐き気がしてきた。同時にあれは確かにあった事だという実感がつきまとう。つまり、今の俺はそんな事をしでかしたのを忘却してタツヤさんに対して素っ気なくし、遠ざけるような事をし、タツヤさんを怖い怖いと恐れていたという事になる。最低では? 怖いと思っていたのはタツヤさんの方でないか。タツヤさんが怖がる姿はちょっと……いや全然想像出来ないが。 (これを思い出してしまった以上、やはりタツヤさんにもどこかで事情を話すべきだ)  俺はそう結論づけていた。タツヤさんは無関係ではない。俺の被害者だ。俺のここでの記憶が飛んで今日これまで、タツヤさんは俺を不気味に思っていただろう。  事情を話して何故あんな態度をとっていたのか、を共有した方が良い。そして償おう。タツヤさんに。  問題はいつ話すか、だ。本音を言うとシュンゲツさんにもその場に立ち会って欲しいが……提案するのも失礼だろうし、例え了承してもらえても二人がいがみ合って話すどころでは無くなりそうだ。  そもそも俺はシュンゲツさんにどう話しかければいいんだ。告白してくれたのに、俺はそんな価値の無い人間だったのだ。……シュンゲツさんはこの事を知らないのだろう。先日話を聞いた時も以前の俺の様子が変わった理由を『知らない』と言っていたし、俺がタツヤさんに酷い事をした可能性があるか聞いた時も『ありえない』と答えていた。  知らなかったとは言え、人を無理矢理襲う最低な人間に対して好意を抱かせて告白までさせてしまった。 (告白は断ろう、俺に応える価値はない。……でも、シュンゲツさんには俺が最低な人間だと知られたく、ないなあ)  こんな事を思ってしまうなんて、やっぱり俺はずるい人間だ。 「……をオレに渡せば、その要素が溶け出してオレに馴染む。これが強化だ。リョウ、分からない所はあったか?」 「へ?」  名前を呼ばれてようやく意識が現実に戻った。考え事に集中し過ぎたあまりシュンゲツさんの説明を聞き逃してしまったらしい。 (やらかした…‼)  顔が青くなる。いつの間にか乱雑に机の上に並べた素材達がきっちり分けられてもいた。きっと説明しながらちゃんと分けてくれていたのだろう。 「あ、あの、えっと……すみません考え事してて、聞き逃してしまいました……」 「そう、か」 「ごめんなさい……」 「……」 「……」  また二人して黙ってしまった。折角説明してくれていたのに考え事に夢中になって聞いてなかった罪悪感で、俺は口を開く事が出来なかった。  やがて、辛い沈黙に耐えきれなくなってきた時にシュンゲツさんがぽつりと呟いた。 「……やはりオレのような奴に告白などされたくなかったよな」 「え」  俯いていた顔を上げる。シュンゲツさんを見ると、その目は悲しみに彩られていた。眉も下がっており、心なしか顔色も悪い。 「ずっと気まずそうにしているだろう」 「あ……」  そういう訳では無かったのだが、勘違いさせてしまったらしい。シュンゲツさんに告白されて悪かった事など相手が俺だった事以外何も無い。シュンゲツさんがそんな自虐をする必要はないのだ。悪いのは記憶喪失で自分が最低な奴だという事を忘却してシュンゲツさんに伝えずにこんな所まで引っ張ってしまった俺だ。 「……言っておいてなんだが、告白は無かった事にしてくれて構わない」 「あ、いえ違います! シュンさん」 「違う……?」  慌てて修正する。  否定が入るとは思わなかったようで、違うって何が? と困惑しているシュンゲツさんの顔を見て、言わないといけない義務感と言いたくない感情に挟まれて苦悩してしまう。しかし、言わないと勘違いは解けないままだし前進もしない。恐る恐る口を開く。 「実は、その、記憶を思い出したんです」 「記憶を……トモの、か?」 「はい」  シュンゲツさんは驚いていた。記憶の話になるとは思っていなかったらしい。 「シュンさんの告白を聞いた時に突然。恐らくそれがトリガーになったんだと思います」 「告白が……あの時様子がおかしくなったのは記憶を思い出したからだったのか」 「そうです」  納得がいったらしい。告白をしたら様子がおかしくなったのだ、ずっと気になっていたのだろう。 「ただその内容が衝撃が大きいもので、受け止めきれてなくて……僕の人間性を疑うようなものだったんです」  普通記憶が戻ったのなら嬉しいものだが、思い出したのは最悪の記憶だったのだ。その光景をまた思い浮かべてしまい苦々しい顔になる。過去の自分への嫌悪感にじわじわと心が侵食されていく。 「……どんな内容だったのか、聞いてもいいか?」  シュンゲツさんは記憶の内容を遠慮気味に聞いてきた。俺の様子を見て只事では無い事は察してくれたらしいが、知りたい気持ちが勝ったのだろう。無理もない。 「ごめんなさい、知られたくないです」 「……」  しかし、これを知られる訳にはいかない。知られてしまったらそこで今の関係性も終わってしまう。シュンゲツさんには俺の醜い所は知らせないまま、円満に告白を断ろうと俺は考えていた。  偶然手が触れていた机の上に置かれている鳥の羽根のような素材を思わず握りしめる。今が断りの言葉を述べる良い機会であるとは理解しているが、心がそれを拒否していた。告白を断るという事はここまで精神的に辛いものだったのか。申し訳無さとこれからの避けられない関係性の変化が怖い。 「それで、思ったんです。僕はシュンさんに好かれるような人間ではありません。嫌われる人間です」  一度区切って深呼吸をする。……覚悟は出来た。 「なので……ごめんなさい、お断りします。僕に……そんな価値は無いです」  胸が締め付けられて苦しかったが言い切った。目が少し潤みそうになったがそんな権利は自分に無い、と気合でとめた。  シュンゲツさんは、ヨロ……とよろめいた。俺に向かって縋るように力無く右手が伸ばされる。それを視界に捉えながらも気付かないふりをした。 「り、リョウ」 「今まで通りマスターとその助手の関係でいさせてください。それも無理なら、助手を解任します」 「なっ……」  伸ばされた右手が止まる。シュンゲツさんはショックを受けていた。それに罪悪感を感じながら頭を下げる。 「一方的になってしまって本当にごめんなさい」  しかしこれ以上俺のような人間にシュンゲツさんを縛りつけてはいけない。 「……ならせめて、どんな記憶を思い出したのかくらいは教えてくれないか。リョウに対してどう思うかはそれで自分で判断したいんだ」 「……」  下げていた頭を上げ、目線を合わせてから首を振る。何があっても話す訳にはいかない。しかし。 (そりゃあ、聞いてくるよなあ……)  もし自分がシュンゲツさんの立場だったら何がなんでも聞き出そうとするだろう。だが喋る訳にはいかないので、俺はなんとかこの追求をかわさなければならない。 「頼む、何があったってオレはリョウを嫌ったりしない。教えてくれ」  両肩を掴んできて、必死に頼み込んでくるシュンゲツさんの姿が痛ましい。 「……」  再度首を振る。例え土下座されても話すつもりはない。 「…………」 「…………」  両肩を掴まれたまま無言の時間が流れる。シュンゲツさんは俺をじっと見つめている。 「……オレは、話してくれるまで引く気は無いぞ」 「僕も、何があったとしても話すつもりはありません」 「……平行線、だな」 「そうですね。告白の返事ならちゃんとしました。その上で僕は貴方とマスターと助手の関係のままを望みます。貴方が拒否するならそれまで、です」  必死に冷静な物言いを意識する。本当なら嫌われる事を想定してでも冷たい対応をするべきなんだろうが、これが俺に出来る精一杯だった。目は合わせられずそらしたままだ。真実を隠し、告白を断り、出来れば隠したまま今までの関係の続行を俺は望んでいる。難しい、というより不可能に近いのはわかっている。それでもそれを望んでいたかった。  シュンゲツさんは俺の言い分を聞いて、少し間を開けてから口を開いた。 「振られて平然とお前の傍にいられるほど……オレは強くない。手放したくなど無いが、断られたなら身を引こう、とは考えていた。告白を断った理由がオレに非がある事なら受け入れるつもりだった」  シュンゲツさんは言葉を一度区切った。 「だが拒否の理由はその思い出した記憶なんだろう? ならそれを聞いて判断する権利はオレにもある。それでオレがお前を嫌わなかったらそれは理由にならないだろう」 「……っ、それは」  確かにそうだ。  思わずシュンゲツさんと目を合わせてしまった。そしてその必死で、縋り付くようで、想いのこもった目を見てしまった。肩を掴んでいる手にも力が入ったようで少し痛かった。 「頼む、話してくれ」 「…………っ」  息を呑む。    ……勝てない。この目には、勝てないと悟った。  もう隠し通せるものではない。嫌われるとわかっていても話さないとこの人は本当にひかない、と分かってしまった。  根負けしてしまった俺は、口を震わせながら開いて、声を押し出していく。 「……タツヤ、さんを」 「タツヤを?」  何故ここでその名前が? とシュンゲツさんは驚いていた。両肩から手を離される。  ここからが罪の告白になる。ごくり、と固唾を飲む。目を見開いているシュンゲツさんの目を見ながら、俺は…… 「僕が、…………無理矢理襲っていた記憶、です」 「………は?」 シュンゲツさんの、心の底からの疑問の声を背景に罪の告白をした。 「前後の状況は、わかりません。何があってそうなったのかは思い出せてません。思い出したのは……両腕を頭の上で縛られて、顔を何度も殴られていたタツヤさんを……僕が、押し倒しいて、僕は服を着ていなくて、その……僕の、中に……」 「……、……」  シュンゲツさんは絶句していた。信じられないものを見る目で俺を見ていた。青い顔をしている。  だから、嫌だったのに。話したくなんてなかったのに。……嫌われてしまったな。ショックを受けすぎて逆に冷静になってきた自分に笑えてくる。完全な味方がいないこの世界での唯一の拠り所だったのに。 「僕はそういう事をする人間だったんですよ。今シュン……ゲツさん、僕の事少しでも気持ち悪いって思いましたよね? 後退りしましたし顔色が悪いですよ」 「そ、それは……」  図星だったようで、冷や汗をかいて目を泳がせている。もうシュンゲツさんの中では俺に好意を抱いて告白してしまった事への後悔や嫌悪感が芽吹いているだろう。  暫くした後、ぽつりとシュンゲツさんが呟いた。 「……前後の状況は覚えていないんだろう」 「そうですね」 「じゃあ、本当にお前が襲ったのかなんてわからないだろう」 「では逆に聞きますが僕が襲ってない前提で、どうしてあのような状況になっているんですか、他の答え出てきます⁉」  右手を大きく振って、シュンゲツさんを睨みつけながら激昂してしまった。どうしてここまで気が高ぶったのかわからない。 「……、……あ、……あれだ、タツヤがお前を襲っていたんじゃないか?」 「縛られていたタツヤさんがどうやって? しかも殴られてましたよ⁉ 襲った側の人物が何故そんな状況になるのですか⁉」 「それは、……、きっとタツヤがわざと……」  シュンゲツさんの言葉はどんどん尻すぼみになる。それに更に理不尽にも苛ついてしまった。隠して隠して悩んでいた事が想像以上に心に負荷を与えていたのだろうか。 「どう考えても僕がタツヤさんを何らかの方法で動けなくして縛って殴って、襲ったって結論しか出ないじゃないですか‼」  掛け合いに、段々とヒートアップしてしまう。もう自分が何を口走ってるのか俺も、きっとシュンゲツさんもわかっていなかった。感情がオブラートにも何も包まずに直接ぶつかり合っている。気づいたら目からは涙がこぼれていた。  ここまで感情的になってしまったのはこの世界に来て初めての事だった。 「……られない、信じられない、トモがそんな事する筈ない、そんな訳無い…!」 「貴方が癇癪起こしてどうするんですか‼ 論理的にそれ以外の答えを導いて下さいよシュンゲツさん…‼ この場に昔の僕と今の僕、両方を知ってるのは貴方しかいないんです、貴方が他の答えを出してくれなかったら、僕は……俺は自分が最低な人間だって認める事になっちゃんうんだよッ‼」 「……ッリョウ……」  一際大きく、いつもの建前や礼儀等忘れて本音の口調で吐き出した。肩で荒い息をする。そして言ってから、言い過ぎた、自分本位過ぎる、責任転換だ、と後悔が押し寄せてきた。一気に顔の熱が冷めていく。 「あっ……い、今のは……」  弁明を口にしようとしても、うまく言葉が出て来なかった。嫌われるのを恐れていて隠していたのに、それを吐き出してもっと酷い自分本位過ぎる自分でも意識していなかったドロドロとした気持ちが、飛び出てしまった。  口を押さえて、顔を青くして俯く。もう駄目だ、シュンゲツさんに確実に嫌われてしまった。しかもこんな、シュンゲツさんに全てを押し付けるような事を口走ってしまった。なんて事だ。  暫くして。 「……そうだな、オレしかいないんだもんな」 「え、?」  シュンゲツさんは両手をあげると、バチイィィィンッ‼ と大きな音を立てて自分の両頬を思いっきり叩いた。突然の奇行に思考停止。シュンゲツさんを見て固まってしまった。そして。 「推理するぞ」  覚悟を決めたような顔をしてシュンゲツさんはそう宣言した。 「す、推理って……」 「お互いの持ってる情報を徹底的に議論して他の可能性を探る」 「え、何で、いま絶対俺の事、見限ったんじゃ」 「見限ってない」  間髪入れずに言い切ったシュンゲツさんに信じられずにムッとしてしまった。取り繕う事等考えられず思った事をそのまま口に出した。 「は、はあ⁉ 何考えてんの、今の俺の発言聞いただろう⁉ 完全に俺悪いのにシュンゲツさんに責任転換して一方的に責めたじゃん‼」  いつもの敬語や一人称が外れている事にも気付かなかった。 「そりゃ、一度は嫌な印象は抱いた。それは間違いないからはっきり言っておくぞ。でも……頼ってくれたんだぞ、お前が。全力を尽くすに決まってる」  シュンゲツさんは目をそらさずに真っ直ぐに俺を見て言い切った。その迫力に気圧されて引いてしまう。 「え……本当に何言ってんの……」 「何で今オレドン引きされてるんだ感涙する所だろう」 「どう考えたって幻滅する所でしょうが……どんだけ優しいのさ……」  顔を手で覆い隠す。顔が熱いのは気のせいだろう。絞り出すようにうめき声を上げた。 「そうだぞ、オレが優しい奴で良かったな」 「シュンゲツさん何か開き直ってない⁉」  先程からどこかテンション高めに言い切るシュンゲツさんにツッコミが止まらなかった。俺の心からの叫びを聞いて、何かしらスイッチが入ってしまったのかもしれない。何だ? 無敵の人か? 「とにかくここじゃ腰を据えて話せない、執務室に移動するぞ。ほら急げ」 「はぁ⁉ ちょ、ちょっとシュンゲツさん‼」  止める間もなく、シュンゲツさんは広げた素材をパパっと片付けていく。急ぎつつも入れる場所を間違えずや見た目の綺麗さを損なわずに収納している姿に変に感心してしまった。すぐに全てをしまい終わったシュンゲツさんは有無を言わさず俺の手を引いてどんどん倉庫の出口へと向かい、電気もしっかり消して廊下へと出た。  そこから早歩きで手ぶらのまま執務室へと向かう。戸惑い転びそうになりながらもなんとか足を動かしてついていく。 「あら? いつになく張り切ってるわねぇ」 「手を繋いで移動とは仲が良いな」  と、通りすがりに追い越したカスミさんとその隣のマントの男性が微笑ましそうに笑っていた。 (あの人この前の戦闘で炎の渦出してた人だな……)  引っ張られながら現実逃避をした。 ◆  そして、移動後。執務室にて。 「整理するぞ」 「……本気でやるの?」 「やるぞ」  告白の夜と同じように、俺達は机を挟んでソファに対面で座った。 「俺が加害した以外にあの光景に至る過程なんて無いと思うけど……」  本当にそうとしか思えない。推理なんてする余地は無いように思える。手掛かりだって多い訳じゃない。  そう頭を悩ましているとシュンゲツさんは少しいたずらっ子のように微笑んで俺を見てきた。 「そういえば、本来の口調はそっちなんだな」 「へ? 何の話………………アッ」  言われるまで何も気づいてなかった。外面を意識して丁寧にしていた一人称と敬語が外れてしまっていたらしい。 「トモはどんな時も『僕』だったな」 「完全に無意識だった……戻します」  シュンゲツさんのからかうような言い方にムッとしつつ急いで取り繕う。この世界にいると自覚してからずっと意識していて、すっかりこれが普通になっていたのに激昂してしまったせいか剥がれ落ちてしまったのだろう。 「素のお前と喋れた気がして気分が良い」  何故かどこか楽しそう……いや嬉しそうだ。 「ええー……別にいつもの僕も変わらず俺なんだけど」  口調が変わってるだけで心の中で思った事を明け透けに言うわけでもない。 「わりと印象が違うぞ、どっちも好きだがな」  ストレートな物言いに肩が思いっきりはねた。 「だから‼ 何か開き直ってない⁉」 「まずは俺が見た当時のトモの状態から検証していこう」 「無視すんな!」  そんな焦る俺を気にせずに、シュンゲツさんはどんどん本題へと入っていった。 「オレが当時トモの様子がおかしくなった時に知っているのは、端から見ても暗く沈んだ様子と、トモのタツヤへの思いに苦しむ気持ちの吐露の二つだ」 『常に表情は暗く、生気がなかった。そして、常にタツヤの傍にいるようになった。元々助手だったタツヤはよくトモの傍にいたが、その比じゃなかった。その違和感に、タツヤに何かされたのかと聞いても「違う何もない」としか返ってこなかった。』 『タツヤさんはどんなに話しても何も分かってくれないって。あの人は僕…いえ誰であっても、変わる事は無い。確信はあったのに自分でも気づかない内にタツヤさんへ自分でもコントロール出来ていなかった激情を抱えてしまっていた事がわかって……。僕も結局、あの人という強烈な光に惹かれてしまった虫だった訳です。こんな僕の愚かな行いをあの人は許してくれました、受け取りはしなかったけど容認してくれました。報われる事はなくても十分過ぎます、苦しいけど自業自得です、僕は……僕はもうあの人がいないと駄目なんです……っ』  シュンゲツさんが言っているのはこの二つだな。 「俺が知っているのはさっき話した恐ろしい記憶だけですね」  あまり思い出したくないので詳細は省く。 「結局敬語でいくのか」 「もうこっちの方がしっくり来るんですよ。一人称は俺の方が喋りやすいので俺でいきます。ただたまーに脳直でタメ口が飛び出すかもしれませんのであしからず」 「まあ喋りやすい方でいいんじゃないか? オレは気にしないぞ」  なんかタメ口が飛び出しちゃってからシュンゲツさんの機嫌が良いのが気になるが、まあ良いかと流す事にした。 「話戻しますけど。様子がおかしくなる前からトモがタツヤさんに……好意を抱いていたような感じはあったんですか?」  シュンゲツさんは以前の事を思い出しているようで数秒黙った。 「好意、とまではわからないが、……気にしていたのは間違いないと思う。当時のトモとタツヤは何度か対立……していたような感じもあった」  悩みながらもそう見えた、とシュンゲツさんが伝えてきた内容にこちらも思考を巡らせる。 「意見のぶつかり合い……みたいな?」 「当時も変わらずタツヤは何かと勝手にリーダー面をしていたからな。本来のまとめ役のトモの方針を守らず勝手に皆に指示していたんだ。例えばトモは守備を指示したのに突撃を推奨して押し進めたり」 「そりゃ対立するわ」  厄介な事この上ない。以前シュンゲツさんはタツヤさんを暴走機関車と言っていたがその通り過ぎる。うわー……と失礼ながら引いてしまう。 「そういう時結局どうなってたんですか?」 「マスターには悪いけどタツヤには逆らえない……って空気だった。たまに意見が合うと過剰な程タツヤはほら見ろ俺の考えた通りだっただろってトモに詰め寄ってた」  シュンゲツさんは苦々しそうにしている。余程当時ムカついていたらしい。 「うわ。それ好意抱きたくても抱けなくないですか。前の俺……トモにとってタツヤさんって敵でしかなさそうなんですが」  好きになる要素がまるで無い。むしろ厄介払いしたいのではないだろうか。こんな人物が組織にいては成り立たない。 「それがどうして『タツヤがいないと駄目』になったのか、が謎だな」 「タツヤさんとの間に僕が思い出した記憶の出来事があったのは……否定したいですが間違いないんです。それで依存するようになってしまったとして、どうしてそういう行動を起こしたのか」  頭を悩ます。  以前タツヤさんに直接聞いた話……完全にタツヤさんに依存しきっていたトモの話はきっと様子がおかしくなった後の事だったのだろうと今ならわかる。対立までしていた二人がどうして変わってしまったのか。きっかけはあの記憶の出来事だろうが、それをトモが起こす理由がわからない。 「あまりにもムカついて襲った……? それで罪悪感からタツヤさんに逆らえなくなったとか」 「トモはそんな奴じゃあなかったぞ。人を加害する事は忌避していた方だ。むしろタツヤの方が前も言った通りやりかねない」  そうなのだ、話を聞いた感じからして加害者と被害者が印象と逆転している。それにあのタツヤさんが大人しく襲われるとは思えない。  ……なんだろうこのちぐはぐな感覚は。 「うーん、でもトモ自身に深い後悔があったのは間違いないと思うんですよね……」  シュンゲツさんに吐露したあの言葉、後悔と自分への嫌悪感とタツヤさんへの想いが重く感じられた。 「この問題を解決しないと先に進めないな……。素材を使った強化はまた今度だな」 「そうですね……」  そういえばさっきまではそれをやるつもりだったんだなと思い出す。考え事に夢中になってしまって聞き逃してしまったり、素材を持ちきれなくて一覧表と一緒に机に置いて、分けてくれたのに見てなかったり、言いたくなかった記憶の件もこうして話す事になったり。色々申し訳なかったな……。  そう思い出していた時、一覧表が手元に無い事にようやく気づいた。ソファの周りには無い。執務室の机の上にでも置いたのかと見てみたが、無い。と言う事は。 「あ、素材の一覧表倉庫に置いてきちゃいました」  俺がそう口に出してようやくシュンゲツさんも無い事に気付いたらしい。 「そう言えば机に置いて……素材だけ片付けて持ってこなかったな」  廊下に急いで出た時その手に何も持ってなかったのを今更ながら自覚する。あの時は急に話し込む事になって急ぐシュンゲツさんにつられて急いでしまったので存在が頭からすっぽ抜けていたのだろう。次の強化の時以外にも日々の素材の報告での確認等でも色々使う為、無いと少し困る物だ。 「思い出した時に取りに行かないと忘れちゃいそうなので取ってきます」 「そうだな、話し込みたいし一旦休憩挟もうか」 「お茶とか用意お願いしまーす」 「はいはい」  半分冗談で言ったが快く返事をしてくれたので茶菓子を楽しみにしてさっさと一覧表を持って来よう。シュンゲツさんに行ってきますと挨拶をして執務室を出た。 ◆  思っていた通り、一覧表は倉庫の机の上に置いてあった。それを手に取って廊下に出る。廊下の窓からは綺麗な夕焼けが見えた。もうそんな時間だったのか。夕方五時のチャイムは聞こえなかったと思うのでまだ五時ではないのだろう。少し立ち止まって外を見た後、執務室に向かって歩き始めた。  あんなにシュンゲツさんに嫌われる事を恐れたり、今まで通りでいれないだろうと悲観していたのに、普通に接してくれた、全力を尽くすに決まってると言ってくれた事で絶望一辺倒だった心が少し軽くなった。 (嬉しい……な)  歩を進めていくのと比例して気持ちまで前向きに進んでいった。  ここまで人に好かれた事は……前世でも無かった気がする。いや正確には好かれているのは前の俺であるトモなんだが。でも結局はそれも俺であって、今の俺の事も断絶させずに含めていて…頭がぐるぐるしてきた。とりあえず、シュンゲツさんの言う通り諦めずに推理していこう。 (そうだ、出来ればカスミさんとかサンジュウロウさんとか話せそうな仲間にも聞き取りをして真実を明らかにしよう)  と考える事が出来た。  そう考えながら歩いていたら、通り過ぎた扉が開いた音がした。誰だろう、と反射的に振り向く前に 「え、わっ」 後ろから腕を誰かに引っ張られた。想定等していなかった為、驚いた拍子に持っていた一覧表を床に落としてしまう。それを視界の端に捉えながら、俺は執務室とは別の部屋に連れ込まれてしまった。引っ張られたまま後ろ向きに体が倒れそうになる。そして、ぽすと誰かの胸板に後頭部や背中が当たった。目の前で扉が閉まる。電気をつけていなかったのか、夕焼けの光のみで室内は薄暗かった。  状況が飲み込めず誰かに背中を預けた姿勢のまま固まってしまっていると 「よお。やけに仲が良いじゃないか、あの朴念仁と」 頭の上から声が聞こえた。瞬時に体が固まる。 (この、声は)  恐る恐る後ろを向くと、そこにいたのは。 「タツ、ヤさん……」  推理が一段落するまで会いたくなかった人だった。

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