10 / 12
第10話
シュンゲツさんは能力を封じる手枷をはめられて二週間寮の自室で謹慎処分になった。タツヤさんも手枷をはめられて、地下牢に入れられている。……そう、地下牢に入れられたのはタツヤさんの方になった。運営がどんな判断を下したのかは分からないが、シュンゲツさんが能力使用した経緯とこれまでの事を踏まえてくれたのではないだろうか。
そして騒動から数日後、シュンゲツさんが謹慎されている間に俺はタツヤさんを取調室に呼び出した。あのアンドロイドの女性A001さんにも同席してもらっている。なお、タツヤさんは手枷をしたまま更に縛られて椅子に拘束されている。
「俺の扱い酷くないか?」
タツヤさんはそんな屈辱的な格好をしていても、へらへらと笑っていた。暖簾に腕押し、何も響いていないようだった。
「いえ、これでも甘すぎるくらいです。風神タツヤ、貴方については運営の方でも今回の件以前から問題視している声が多数上がっています。私個人としては厳罰に処すべきと考えています」
「個人? お前アンドロイドだろ? たかがアンドロイドが人間に向かって随分と偉そうに物を言うんだな」
「…………」
静かな怒りのような感情を見せるA001さんと見下した事を隠しもしないタツヤさん。静かに両者が睨み合う。
「え、えーと! 本題に入りましょう、ね⁉」
二人の間に散っていた火花をかき消すようにわざと大きな声で遮った。
「今日こうしてここに呼んだのは……タツヤさん、貴方との間に起こった事をハッキリとさせる為です」
「へえ」
薄ら笑いを返される。
「俺に抱かれて嬉しそうに縋ってきたトモに戻ってくれたと思ったが……一筋縄じゃいかなかったみたいだな」
その返答に、俺の中のトモがまたざわつく。今すぐにでもタツヤさんのロープを解き、いやそれすら億劫でとにかく駆け寄って抱き縋りたくなった。泣いて泣いて慈悲を請いたかった。
深呼吸をする。俺を支配しようとするトモを振りほどく。これは俺が抱く感情ではない。
「……俺は決めました。そのトモの感情までは受け継がない。俺は今の俺のまま記憶を戻してこの世界で生きていきます」
「何だそりゃ、早速一人称から変えたってか? 形から入るとかガキかよ」
馬鹿にするような声色で、嘲笑する表情だった。記憶喪失は信じてくれたようだが、俺が異世界転生者とは、やはり信じてくれてはいないようだ。
……そこは今は無視しよう。今日重要なのはその点じゃない。
「今日に至るまで、俺は能力者達に話を聞いて回りました。トモと貴方の間に何か無かったかと」
「……」
俺はシュンゲツさんが謹慎してから今日に至るまでの出来事を思い出していく。あまり執務室から出なかった今までの自分と別れを告げ、そこを飛び出して自分から皆に話しかけて行った。
「個々人で知っている事は少しだけでしたが、合わさっていく事で客観的に見えた事実があります」
最初は皆、『俺』になる以前からも素っ気なかった『マスター』が話しかけてきた事に驚いていた。しかし、一人一人事情をある程度話して根気強く話していくと心を開いてくれた。
皆の話を総合して、俺はようやく真実に近づけたと思う。
縛られたまま黙っているタツヤさんに向かって、俺が得た答えを告げた。
「タツヤさん、貴方……トモに魅了をかけましたね」
◆
「以前リーダーとマスターちゃんとの間に何か無かったか…?」
「はい、知っていれば教えて欲しいんです」
最初に声を掛けたのはカスミさんだった。比較的俺と接点があった能力者だった為、まずはこの人からにしようと決めていた。
「ちょっと前から様子がおかしいのは感じていたけど、記憶喪失だったのね」
カスミさんには異世界転生の事は伏せておおよその事情を説明した。カスミさんは疑問符を頭に浮かべながらそれを聞いていたが信じてくれたらしい。
俺の話を聞き終わったカスミさんは指を顎にあてながら、考え込む。
「そうねぇ……言い争いをしてるのはよく見かけていたわ。でもある時期からマスターちゃんがリーダーくんに従順になったのよね」
シュンゲツさんに聞いた、トモの様子がおかしくなった時の事だと察する。
「その様子はまるでリーダーくんに恋している……いえ執着しているみたいだったわよ」
その時の事を思い出しているのだろう、カスミさんは少し顔を曇らせて俺の方を心配そうに見ていた。確かにカスミさんが心配している通り、トモが抱いているであろうタツヤさんへの強い感情に俺自身が飲み込まれそうになる時がある。あの日、資料室で無理矢理抱かれてから。克服出来ている訳では無く、気合いで振り払っているだけだ。
(大丈夫、今の俺はタツヤさんの事は好きではない、落ち着け……)
話を戻そうと少し深呼吸してからカスミさんの方に向き直った。
「恋に執着……ですか。因みに俺がタツヤさんに惚れるような出来事ってありました?」
「無いわね」
(断言した)
あまりにも速い即答だった。
「おかしくなる直前まで、マスターちゃんはリーダーくんを嫌っていたわよ。喧嘩する程仲が良いとかそんなんじゃ無い、心底いなくなれって思ってた感じの。あれで恋が芽生えるなら世の中カップルだらけだと思うわ。そもそも私を含めて大体の皆は、確かに頼りにはなるけど、好きでリーダーくんに従ってるというよりは……怖くて従ってるのよね」
「……」
タツヤさんがリーダーとして成り立っているのは恐怖故、か。これまで見聞きした事を加えても、確かに俺がタツヤさんを好きになる要素は無さそうだ。
「私からしてみたら、寝て起きたらマスターちゃんが心底嫌ってる人にデレデレしてたのよ。まるで別人になったような……そうね、精神操作を受けたみたいだったわ」
「精神操作?」
「わかりやすく言えば魅了の能力を受けた感じかしら。この組織に魅了能力持ちがいるのかは私もわからないわ……人が多くて全員把握しているわけじゃないのもあるけど、そもそも少ないでしょう?」
「……?」
カスミさんの発言の内容がよく理解出来なくて首を傾けた。俺の不思議そうな顔にカスミさんも不思議そうな顔をする。お互いに頭にクエスチョンマークを浮かべて少し見つめ合い、少ししてカスミさんが何かに気づいたらしくハッとした顔をした。
「……あっ、記憶が無かったのよねごめんなさい。精神操作系の能力者は貴重なの。発現するのも珍しければレベルが高いのはもっと珍しいわ。人間が未だに解明出来ていない意識……魂に触れてそれを直接操る事が出来るなんて高度過ぎるもの」
「あ、ああなるほど……」
精神操作の能力者は少ないのか。そういえば、と能力者の人達を覚えねば! とデータを漁って全員の能力等を見ていた時の事を思い出す。わかりやすく攻撃性や防御性のある能力や調べ物に役立つ能力とかそういう能力者が多数で……精神操作系の人がいた記憶が無い、気がする。自分の記憶力にあまり自信が無いので断言は出来ないが、少なくとも印象に残ってない時点で少ないと判断して良いだろう。
「もし精神操作系の能力者がいたとしても、もしかしたら情報規制されて隠されているかもしれないわ。表向きは別の能力を持っている事にされていたりとか、動きを制限されて隔離されてるとか……これは、私の想像だけどね」
カスミさんは苦笑いでそう言った。
◆
「拙者が知っているのは貴方の様子が最初におかしくなった時と同時期にいなくなった人がいる、くらいか……?」
色々な人に話を聞いて回っていたら廊下でマントを纏い腕を組んでただずんでいる男性に遭遇した。確かこの人炎の渦を出してた人だ、とピンと来て事情を話して話を聞く事にした。名前は確か……アオビさん、だった筈。
「いなくなった人?」
行方不明者という事だろうか。過去の討伐任務での死亡者や行方不明者はゼロという訳では無かったのでその類いだろうか。
「あまり親交の無い御人だったから詳しくは知らないが。気付いたのもそういえば姿を見かけないな、と思った故に。いつもオドオドとしていて控えめな印象の御仁だった」
「なるほど……」
「そうかと思えば『フヒ』なる珍妙な笑い方もしていてな。それで印象に残っていたんだろうさ。いなくなった理由は確か、不許可の能力使用だったか」
「な、なるほど」
戦闘での行方不明者では無かったようだ。不許可の能力使用、つまり運営に捕まったという事だろうか。という事はタツヤさんのように地下牢にいるのだろう。
「まあこれは拙者が気になっただけで今回の件とは無関係かもしれん。提供出来る情報がなくて申し訳ない」
アオビさんは頭を下げて謝罪してきた。それに慌てて頭を下げなくても大丈夫だと伝える。
「いえいえ、これも何かの手がかりになるかもしれないので」
「そうか、ならいいのだが」
アオビさんはゆっくり頭を上げてくれた。初めてまともに話したが律義な人だと思った。……ちょっと色々と特徴的ではあるが。
地下牢に捕まっている人は他にもいたんだ、と記憶に残す事には意味があるように思えた。
◆
「何だい何だい、ついに本当の役立たずになったのかい? 仕方ないなあ僕が知っている事なら何でも教えてあげるよ、光栄に思うんだね!」
ハハハハハ! と高笑いをする人物に俺は苦笑いをしていた。
この人はアルテさん。前世の記憶が戻った直後の倉庫にいた、失礼な物言いで親切にしてくれた線の細い王子様みたいなイケメンである。とても綺麗な顔をしている。しかも何だかとても良いバニラのような匂いもする。香水でもつけているのだろうか。
「アッハイアリガトウゴザイマス」
対応に困って片言になってしまった。
戸惑っている俺は置いておかれ、アルテさんはふふーん! と胸をはり、人差し指を立てて自信満々に話し始めた。
「僕とっておきの情報知っているよ。リーダーとヒズミダが話してるの聞いた事があってね」
「ヒズミダさん……?」
また知らない名前が出てきた。誰だろう。
「今は運営に捕まって牢に入れられてるから多分今の君は会った事無いと思う」
「牢に?」
もしや思ってたより地下牢って人が入れられてるのではと思った。今まで全く知らなかった為眼中に無かったがマスターとして地下牢の人達にも気を配るべきか? と心配になってきた。
「世にも珍しい精神操作系の能力者でね、魅了の力が使えるんだ」
「!」
そんな心配をしていた俺の考えを打ち砕くような情報がもたらされた。
(魅了…! カスミさんが言ってた能力だ。いたんだ、魅了の力を使える人が! しかも牢に……アオビさんの言っていた人もこの人かもしれない)
点と点が繋がってきたような感覚がしてきた。やはり、皆に話を聞いたのは良い手だったようだ。
「それにしても、よく知ってましたねその人の事」
「実はソイツとは同郷でね。組織に召喚される前から交流があったからソイツが本当は魅了能力持ちなの私は知ってるんだ。今は組織の意向で隠してるみたいだけどね」
なるほど、幼馴染のようなものだろうか。
カスミさんの情報規制がされているかも、という予測が当たっていた。
アルテさんは神妙な顔をして腕を組み、顎に手を当てて何やら考えながら喋る。
「ソイツ、リーダーの事崇拝……いや恐れてる? からもしかしたら自分からリーダーに能力の事ゲロったのかも」
僕には理解出来ないなーとコメントしながら、アルテさんが喋っていくれている内容はとても有益な情報だった。ヒズミダさんはタツヤさん派だったんだ。
「少し前に能力を無断で使用したのを感知されて捕まったんだ。何に使ったのかは公表されてなかったんだけど……勘の良い僕はすぐにピンっと来たよ。使用されたのはきっと君だ、マスター」
「! 俺が……」
アルテさんは俺を指差しながら真剣な顔をして断言した。それにごくり、と緊迫感から喉を鳴らす。
「それまで対立していたマスターくんがリーダーに従順になったのはその時辺りからだった。耳にした会話と起こった出来事と時期の一致……間違いないと思う」
「その、耳にした会話とは……?」
「僕が聞いたのは『能力使用者以外を魅了の対象として設定出来るか』って話。リーダーのその問いに対してヒズミダの答えはYESだった。その時は何でそんな話してるのか分からなかったけど……なるほどねえ」
合点がいった、とアルテさんは満足そうに笑った。こちらも、どんどん予想が確信に近づいていく感覚に少し興奮してきた。
「ま、これは完璧な僕の推測だからきっと合ってるとは思うけど、もう少し確信に近づけたいならその件の魅了能力者に話を聞いてみるといいよ。気が弱い奴だからちょっと脅せばすぐゲロると思う」
「脅……えと、流石にちょっと可哀想なので強めに詰め寄る感じにしてみます」
「遠慮なくいっていいよ、アイツ痛い目みても反省しない自己保身ばっかり考えてる奴だから。腐れ縁の僕が許可するからもう遠慮なく地獄を見せてやってくれ」
「えーと、ぜ、善処しますね」
アルテさんがそれだけ言うという事は、そういう事でいいんだろうか……。
俺が苦笑いをしていると、アルテさんは少し表情を固くして、俺の方をしっかりと見つめてきた。それに気付き、俺も視線を合わせる。
「てっきり魅了が切れたからリーダーに従順じゃ無くなったんだと思って放っておいたんだけど……思ってたより深刻な事態だったんだね。もっと早く君の助けになれれば良かった、すまないマスター」
アルテさんは本当に申し訳なさそうに、眉を下げて悲しげな表情をした。その後悔が伝わってくるようだった。しかし、人は誰だって正常性バイアスに支配されてしまうくらい弱い者だ。そんなに大事にはならないだろう、と思って静観してしまったとしても責める事は出来ない。それを伝えようと口を開く。
「そんな、」
「でも君が執務室にこもりっきりだったのも悪いと思うよ! リーダーから近づくなっていうシュンゲツとばっかいるから余計話しかけられなかったし! 助手にするならこの完璧で優秀で美して可愛い女神の僕であるべきでうんたらかんたら」
「アッハイ」
かくかくしかじか、その後要望と愚痴と自慢を沢山聞かされてから、俺は一度執務室に戻った。情報の整理だ。
◆
何人かの人に聞き込みをした結果、上記の三人からの情報に的を絞り俺は地下牢に足を運ぶ事にした。魅了能力使用で捕まった人、ヒズミダさんに話を聞く為に。
タツヤさんがヒズミダさんにトモに魅了をかけるように言う→魅了を使用し『酷い事』を実行→トモの様子がおかしくなる。
大体の流れはこのような感じだろう。ヒズミダさんにこの推察の正誤を確認し、『酷い事』の真相も知れればいいのだが。
「ここが……地下牢」
蛍光灯の光で照らされて入るがそれは通路に至る部分のみで、壁に無数に並んでいる牢は奥まるほど暗くよく見えなかった。人の気配はあまりしない為拘束されている人は少ないのだろうか。
A001さんに許可はとった。今回の件に関係あるかもしれない、と伝えるとすぐに了承してくれたので助かった。地下牢の入り口、階段の直ぐ側にある面会室に入らせてもらい、そこで待機している。
「面会の時間は15分です」
との事だったので要件だけに的を絞って強気で詰め寄るつもりだ。
そして少し待って、両手を拘束され、痩せていて黒髪ボサボサ頭で猫背の男性がA001さんに連れられて入室してきた。この人がヒズミダさんらしい。ヒズミダさんが机を挟んで向かい側に着席したのを確認する。A001さんは出入り口の所で立ってこちらを監視するようだ。
おどおどして萎縮している男性、ヒズミダさんをじ……と力強く見つめる。その口が何回か開閉され、焦らされた後ようやく声を聞けた。
「……マスターさん、その、お久しぶりで、」
「貴様タツヤさんと共謀してやらかした事を全部吐けぇ……!」
「何でそんなに圧が強いんすかぁ⁉」
俺は全身からみなぎる怒りを糧にヒズミダさんを力いっぱい脅した。
「もうネタは割れてるんですよ、さあ喋って下さい! さあ、さあ‼」
「怖い、怖いっすよマスターさん‼ そんな脅さなくてもちゃんと喋るつもりでここに来てますから‼」
涙目になったヒズミダさんが大慌てで弁解してきた。
「……、……あっそうなんですか。じゃあ時間無いのでさくっとお願いします」
「は、ハイっす」
それにしゅるしゅると音がするように俺は怒りをしぼめさせて、平常心を心掛けて面会に臨んだ。
俺は自分が聞き込みして得た情報と考察を簡単にまとめてヒズミダさんに伝えた。それを聞いたヒズミダさんは感心するようにほー、と声を出した。
「記憶喪失らしいのに、凄いっすねマスターさん。大体合ってますよ」
「なら良かったです。……いや起こった事全然良い事では無いんですが。俺一発この人殴っても許されるのでは?」
「ひどいっ暴力反対!」
「精神陵辱反対!」
「すみませんでした!」
「素直! で、修正する所とか抜けてる所はありましたか?」
「えっ、えーと、あー……」
ヒズミダさんは落ち着きなく視線をうろうろ動かす。
「タツヤさんと俺に起こった『酷い事』とは何か、教えてください」
「…………」
念押しをして、じっと睨む。ちゃんと喋るつもりで来たとは言っていたが保身に走って嘘八百でも言われたらたまったものじゃない。俺が知りたいのは真実だ。アルテさんの話では気が弱いので脅せばすぐゲロるらしいので、いつもより若干キツめに接しているつもりだ。
「その、ですね……ボク、現場は目にしてないんっすよ。貴方に魅了をかけた後追い出されちゃったので」
「……そうですか」
目撃していれば真実を掴めたものを。やはりタツヤさんに直接聞くしか確認方法は無いのだろうか。
苦虫を噛み潰したような顔をして俺が唸っていると、何でもない事のようにヒズミダさんがそのまま話を続けた。
「なので扉越しの声だけの情報なんすけど」
「ん?」
『扉越しの声だけの情報なんすけど』?
「リーダーは……多分貴方を、レイプ、したんじゃないかなあ、と。そんな感じの事を口走ってました」
話を続けそうなヒズミダさんの口を手で話を止めるように制止する。素直に口を閉じてくれた。今コイツ何て言った?
もしかして、とだいぶ引きながら聞いてみる。
「待って下さい。貴方まさか……扉越しに盗み聞きを⁉」
「ハイ聞き耳立ててました。いやーあれで暫くオカズに困らなくて済んでいや何でもないっす」
「……、……」
コイツには止めに入るとか誰かを呼びに行くとかそういう常識は無いのか、とか、被害者本人目の前にしてオカズって言い切る無遠慮さとかに開いた口が塞がらなかった。
俺がドン引きしているのに気づいたのだろう。ヒズミダさん……もういいや呼び捨てでさん付けしたくない、ヒズミダは慌ててまたもペラペラと喋り出した。
「全部じゃないっすよ⁉ 途中でロボットに連行されちゃったので最後までは聞けてないんです。でも拒否していたマスターさんをリーダーが襲っていたのは間違いないっすね」
最後には、うんうん、と自分の推察を誇らしげに語った。
全部じゃなければいいわけではないだろう。どこを弁解してるんだ。しかし、こういうタイプは指摘してもそれの何が悪いのか理解しないのはわかっているので、本題を進める事にした。
「……逆では、やはり無いんですね」
「逆? あ、あー……」
何か思い至ったのかまた視線が泳ぎ出した。
「おや歯切れが悪いですね? 何か知っているんですね? 吐け」
「吐きますので怒らないでください‼ 後これは耳にしたのではなく推測になるっす‼」
続けろ、と顎でしゃくって促す。
「えと、強く魅了にかかった人間て魅了対象の命令には必ず従ってしまうんです。しかも強い状態だと夢みたいに記憶にも残らないっす。なので、恐らくその間に貴方を好きなように弄んで誘導して……少し正気に戻した際の貴方が勘違いするように仕組んだんじゃないかなと」
「つまり?」
「マスターさんがまるでリーダーを拘束して襲ったように見せかけたんじゃ……ないっすかね。本当は逆なのに。それで罪悪感と解けきれてない魅了で支配した、とか……あ、あはは。俺ロボットに捕まってからずっと地下牢にいるんですけど、たまに面会来てくれたアルテからマスターさんの様子がおかしいのは聞いてたので、そうかなーと」
「……なるほど。ああ、なるほど……そういう、事でしたが」
つまり、あの思い出した『酷い事』の記憶は色々と捏造されたものだった、と。タツヤさんの縛られていた手も、殴られていた顔も、押し倒されていた事も全部。俺を騙して、支配する為の。
ようやくわかった真相に、怒りとそこまでするのかというの恐れを抱いて厳しい顔で黙っていると、ヒズミダが遠慮しつつ隠せない恩着せがましい雰囲気をまといながら声を掛けてきた。
「で、その、ですねマスターさん。俺こんだけ素直に協力したんですからそのー」
「はい?」
しぶしぶヒズミダの方を見る。何を言うつもりだ?
「俺もうすぐここから出られるらしいんすよ。その、ふ、フヒ、出てからの待遇とかちょっと優遇してくれたりしてくれますよね……? これでリーダーさんに協力した件はチャラって事で」
「………」
開いた口が塞がらない、本日二度目。成る程、アルテさんの言う通り自己保身ばっかり考えてしまう人らしい。たった十五分の面会でもこの人の人となりがよーくわかった。
「善処します」
「約束っすよ⁉ これで出てから便所掃除ばっかりとかだったら俺呪いますからね⁉」
投げやりにそんなつもりは一切無いが建前で答えた俺の言葉にヒズミダは念押しするように詰め寄ってきた。
十五分の面会は自己保身たっぷりのヒズミダの台詞で終わった。
◆
「貴方は魅了したトモを支配して、まるで自分が被害者のように演出してトモを罪悪感で縛り付けた。その後も随分好き勝手にしてくれたみたいですね……」
「……」
俺の考察、推理を聞いたタツヤさんはただ黙って、しかし余裕は崩さずに口元に笑みさえ浮かべたまま俺を見ていた。……まるで何も響いていない。それに気圧されそうになりながら訴え続けた。
「トモとしての記憶、意識に触れようとすると何か得体のしれないものに支配されて思考がまともに働きません。……魅了の力が働いているの証拠です。トモは未だに貴方に魅了されたままなんです。……どうですか、合ってますか、聞いていますかタツヤさん」
本気で怒りを覚えながらタツヤさんに話しかけるが、
「手が自由なら拍手喝采してやった所だったんだがな、残念残念」
と、ケラケラと笑って返されてしまった。それにムッとしてしまう。
「そんなのいりません」
「ハイハイそうかよ。んで、何? 俺に何を言って何をして欲しいわけお前は」
「……」
タツヤさんの問いかけに、すぐに答えようとしたが言葉が詰まってしまって声にならなかった。怒りと軽蔑に染まっていた筈の心に少しの恐怖が生まれた事に気づいた故に。
「一所懸命調べてこれで過去の出来事の真相はわかったよ! 全部悪いのはタツヤさんだ! わーい! って優越感にでも浸りたい?」
「……それは、」
わざとらしく声高く、ジェスチャーまでしながら戯けるタツヤさん。何故だかとても恐ろしかった。
「あ? もしかして何も考えてなかったのか。だからお前は駄目なんだよ。やっぱ俺が管理してやらないとお前はいつまでも三流のままだ」
彼が仕組んだ企みは暴いたというのに、逆に俺が追い詰められている気分だった。一歩、意識せず足が動いてしまい後ずさる。
何も考えていない訳ではない。だがしかしこのタツヤさんの反応を見るに、俺の考えていた事の実現は難しいのではないかと思ってしまった。
俺よりタツヤさんの影響力が強い今の状態は良くないと思った為、タツヤさんが地下牢から出てくるまでにシュンゲツさんと一緒にこの組織を立て直し、軌道に乗れたら反省して出てきたタツヤさんも加えてまた再スタートしたいと考えていた。考えていたのだが。
(こんな人に……反省という概念を抱かせる事は出来るのだろうか)
自分の目測が甘かった事を悟った故の冷や汗をかき、背中が冷たくなった。
ともだちにシェアしよう!

