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季節外れの台風-29

「航大、俺さ、すげえ楽しみ。元カノとの思い出、俺が塗り替えてあげるからね」  自分の正面に俺を立たせるようにして、もう片方の手首も掴まれる。気まずさから指を曲げ、グーの形にしたまま、かたまってしまった。  翼の瞳の中の俺が見えるのではないかと焦るくらいの距離まで顔を近づけられ、顎を上げるようにして避けてみたけれど、どんなに逸らしてみても、穴が開くほど見つめられている事実に耐えられなくなり、結局自ら翼のほうへと視線を戻してしまう。 「……そりゃどうも。てか別に、塗り替えてほしいとか頼んでねえし、頼むつもりもないけどな!」 「ふうん?」 「そもそもお前さ、この前俺の家で会ったとはいえ、会話するのも久しぶりじゃん? なのに軽すぎん? 今から俺との生活が始まるのに、そのテンションは何!? 緊張とか気まずさとかないわけ?」 「ははっ、航大は緊張しすぎで喋りすぎ。俺は、何度も想像してたから大丈夫」  手首を握っていたはずの翼の手は、いつの間にか俺の指に絡められていて、それに気づかないくらい焦っている自分の余裕のなさが恥ずかしくなる。  さっきまで普通だったのに、翼が謎の空気感を作ったせいだと心の中で翼のせいにして、握られている手をブンブン振り回した。 「……お、お前イメトレまでしてんのかよ、すげえな。そこまでしてこの家が良かったか? 俺との家が?」 「うん」 「……素直すぎん? 理由が分からなすぎて怖いけど、一緒に住む以上、仲良くはしたいから、楽しみにしてくれてるんだったらいいけど」  で? いつまで手を握っているんだ? と、翼の目と手を交互に見ながら、離すように促したけれど、「ん?」とわざと気づいていないような笑みを返された。

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