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第3話 Shall we dance?②
「発表会?」
練習が終わった後のクールダウンで床に座った状態の前屈ストレッチする悠翔は、広げた足の間で上半身をべたりと床につけ、首だけを上げて尋ねた。
隣で同じことをしながらまったく前屈になっていないサンバ仲間のおじさんが、渋い顔で片眉を軽く顰めながら頷く。
「近隣の同業者と協賛して、市民ホール借りてやるんだよ。年一回」
「チャリティーを兼ねてて、立食形式で食事とか、バザールも出る」
「そこでの収益は競技ダンスの振興にあてられるんだ」
「俺達が一生懸命サンバ踊ってんのは、その日の発表会のためでもあってね。俺んとこ、毎年嫁さんとか子供も見に来るよ」
「聞いてない」
「毎年の事だからね。みんな知ってるから、誰も言わなかったんだな」
「え~……」
悠翔はべたりと首まで床につけて口をとがらせる。
踊るのは楽しいが、発表となるとかなり恥ずかしい。それが正直なところだった。
「え~……ここで楽しく踊ってるだけじゃだめなの~? だから帰る前にちょっと集まってくださいって言ってたの~?」
「そう」
答えた中年はにしし、といやらしく笑った。
「これがまたここ最近は面白くてねえ。な?」
と、中年が他に同意を求めると、彼と同じようににやにやする者もあれば、複雑そうな顔をする者もあった。
「なんで?」
「台風の目。新崎君っていう」
言われて悠翔は首を傾げる。
「新崎君が? なんで?」
「彼、目立つだろう?」
「外見と中身のポテンシャルは広告塔としても非常に高いし、呑み込みも早いしね」
「だから大トリで踊らせるって先生は決めたらしいんだけど、その相方 を誰がするかで紛糾するんだよ」
「彼が来た初年度は結局先生になったよな」
「そうそう」
「先生男なのに?」
「公式では同性同士のダンスってないけど、別に民間イベントのエキシビジョンだしねえ」
「あの時はまだ新崎君もそれほど踊れたわけじゃなかったから、女役 だったんだけど、細身長身の男二人が踊るのってすごい迫力なんだよ、実は」
「へえ」
「去年はワルツじゃなくてタンゴだったんだけど、これがフォローやりたがる女たちで大紛糾してね」
「一時、教室内がものすごい険悪になったことあるんだわ。俺ら蚊帳の外だったから見てる分には面白かったけど、当事者は地獄だったろうな」
「結局どうなったんですか?」
「インストラクターで先生の姪っ子さんいるだろ? 事態終息のために駆り出されて、あの人になった」
「先生の姪っ子で、全国レベルのダンサーだもん。誰も有無は言わせねえよ」
「ま、無難だけど、新崎君の方がリーダーのくせにフォローに振り回されてる感じだったな」
「練習中から本番まで、ずっとはあはあ言ってたもんね」
「今年は去年程ざわついてないから、もう去年と同じ組み合わせなんじゃないか?」
はははは、とみんなが笑う。笑えなかったのは寝耳に水の悠翔一人だ。
「えー……チケット手売りとかするんですか?」
「それはないよ。毎年完売で、去年に関して言えばプレミアがついたって話だから」
「そんなに人気? 衣装は?」
「教室にストックがあるから、そこから借りだしてんな」
「え、でも、僕なんて合う衣装……ないでしょう? 衣装代なんて出せませんよ」
「その点は先生が何とかしてくれるよ」
「だから一緒に出ようぜボニート。俺達の花形 がいなきゃ面白くない」
「そうだよ。きっと木下君も楽しめるし、お客さんも君に夢中になる」
「それで俺みたいにここへ入ってくる奴もいる。仲間が増えたらきっともっと楽しいぜ」
とは言うものの、やはり悠翔の気は重い。
ただ一方で、観客の視線とスポットライトを一身に浴びて最後 を務める正装した璃空の姿は見てみたかった。ここでの彼はいつも悠翔と同じく半袖のピタッとした速乾Tシャツに動きやすそうな裾広のダンス用パンツで、日常でもラフな姿しか知らない。
きっともっと、彼の美しさが生えるだろう。
悠翔はそれだけはちょっとだけ興味があった。
「仮病使って休んで、観客としてこっそり見に行こうかな……」
そんな悪だくみをごにょごにょ呟いているうちに集合がかかった。
「では今年のチャリティーについて、プログラムと出演者割り当てを発表します」
すらっと背の高い佐々木が彼の前に座る生徒たちを前に、軽く発表会の概要を説明した後、手にしたプログラムを読み上げていく。
悠翔の所属しているサンバチームは総勢25人。一人二人休んでもまあ演目自体が成立しないなどということはない。それに安心して悠翔は頭の中で悪だくみの算段をし始めていた。
「で、トリの前、今年も去年のトリの組み合わせでいきます。種目はパソドブレ」
予想していた通りの組み合わせに異論は出ない。ただ皆首を傾げる。大トリではないからだ。
「先生、大トリは?」
「大トリは一昨年好評だった男性同士の組み合わせで行きます」
この提案に対して、教室内がざわついた。なぜなら佐々木先生は去年腰を痛めてから指導以外で踊らないからだ。長時間が無理なのである。
しかし先生は璃空がこの教室に在籍する限り、彼にトリをやらせることを決めている。
一人で踊るのか?
皆の視線が璃空に集まる。璃空は何を思うのかそんな雰囲気にもしれっとしたものだった。
「新崎木下ペアね」
ばっ、とそこにあるすべての視線が悠翔に集まる。
「ぼ……僕?」
悠翔はただただ困惑仕切の顔で自分を指さしていた。
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