13 / 29
第5話 君に恋しそう①
カウンターの向こうから餃子4人前の注文が入る。店では注文が入ると厨房全体がそれに応答するルールになっている。唐揚げを油から引き上げながら悠翔も声を上げた。
「はるちゃん」
「はい?」
背後から萌子に声をかけられて悠翔は振り返る。シフトに入ってから唐揚げをひたすら揚げるだけのマシーン状態になっていたので、少しふぬけた顔になってしまった。
「ちょっと……痩せた?」
それは君だろ、と思いながら悠翔は首にかけたタオルで顔を拭う。引き上げた唐揚げは皿へセッティングする係へと運ばれていった。
悠翔が萌子に対してどういった下心を持っていたのか、彼女は知らない。
だから萌子がダンススタジオをやめたからといって悠翔は態度を変えたりしなかったし、彼女も何があって辞めたのかなどは話さない。萌子がスタジオを辞めたすぐは少し疎遠だったこともあったが、今はもう学校やバイト先で出会っても普通に会話している。
変わったことと言えば萌子が日に日に痩せているということだ。不健康ではない。筋肉がついてしなやかな女性のスタイルになり、化粧も前より少し濃くなっている。現在付き合っていると思われる彼氏の影響だった。
どう変わるか、誰の影響をうけるか、それは彼女らの選択の結果なのだから、外野からとやかく言うべき事ではない。ただそこにはもう悠翔が好きだったほわっとした純朴そうな女の子はなく、少々苦手とする今時のおしゃれな女性がいた。
ははは、と悠翔は笑う。
「そう?」
「うん。前はなんか見せ筋? って感じの筋肉質だったけど、今は普通にがっちり目って感じ」
「最近は有酸素運動が中心だからかな」
「え、もしかしてまだダンススタジオ行ってるの?」
「うん。なんか、楽しくなっちゃって」
でも内緒だよ、と悠翔は声を潜めて口元に人差し指を添える。
「萌子ちゃんも痩せたよね。むしろがっちり目に」
「うん。彼氏がね、ジムのインストラクターやってんの。あたしも一緒に行ってるんだけどさ、筋肉ついちゃって」
萌子は袖をまくり上げた片腕を上げて、ぐっと力こぶを作ってみせる。出会った当初はマシュマロのようだったふっくらとした腕は、少々脂肪を残しつつもはっきりと手羽元のような肉の筋を現した。
その変化に悠翔から小さく声が出た。
「わあぁ……」
「やっぱりすっきり痩せるには有酸素運動なのよね。でもランニングマシーンとかエアロバイクってもうずっと淡々にやるだけだから楽しくないんだわ」
「じゃあ、また戻ってきたら?」
悠翔の言葉に萌子は曖昧に笑う。彼女は璃空との事を知らないと思っているに違いなく、悠翔はそれ以上この話題を続けるのをやめた。
「どこで出会ったの?」
「このお店のお客さん。柔らかい肉を見ると締めたくなるんだって」
「締め……物騒だな」
「いい人よ。褒めてくれるし、ご飯も作ってくれるし。でも最初ははるちゃんを狙ってきてたみたい」
「僕?」
「イイ肉してるって言ってた」
「イイ肉……」
悠翔は苦笑いを見せる。
別にこの体格は人に見せるために作り上げたわけではなく、怪我予防の結果でしかない。むしろ自分の肉体はいわゆる色気とは無縁のベクトルにあると思っている。
だからそこに性的な意味合いはないと思っても、同性から肉体についての言及を受けるとなんだか心持ちが良くない。
「このままダンス続けてたら綺麗に筋肉ついたまま痩せるかな?」
「そうじゃない? え、じゃあさ、今度市民ホールでやるチャリティーに出たりする?」
「え、あ、うん……おじさんたちと一緒にサンバチームで、って。え、知ってんの?」
「友達から聞いたの。チケットがすごい人気らしいんだよね。各スタジオのダンスチームがすっごいかっこいいって。去年のトリは璃空君だったんだってね」
「先生が出られないから、代わりにそう決めたみたいだよ」
「去年の相方は紗季さんだったらしいけど、今年も?」
「じゃないかな」
悠翔は言葉を濁し、少し視線をそらす。まさか璃空と自分がオオトリでワルツを踊るなんて、もと璃空の彼女である萌子には言えなかった。
「ふ~ん。それよりも出張してくるホテルのビュッフェがめっちゃおいしいらしいんだけど、格安で食べられるって」
萌子はきらきらした目でカウンターに身を乗り出して言った。その顔は出会った当初の彼女のままで、悠翔は素直にかわいいと思った。
だから萌子がさらに目をキラキラさせて顔の前で両手をぱしんと併せて頭を下げたお願いを何気なく受けてしまったのである。
「じゃあさじゃあさ、チケット二枚。なんとか手に入れてくれない? お願い!」
「先生に聞いてみるよ」
と言った後で、これじゃあオオトリの事を隠した意味がないじゃないか、と少々後悔する。
しかし次に注文が入って応答のかけ声をかけたあと、萌子が持ち場に戻ったので「でもたぶん無理」と断ることもできなくなってしまった。
ともだちにシェアしよう!

