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第5話 君に恋しそう③

 シャワーから悠翔が出てくると、パジャマ代わりのスウェット姿の璃空が大きなベッドの上でダイブした格好のまま眠ってしまっていた。  甘ったるい声で璃空は言う。 「クマちゃぁ~ん、すきぃ~」 「また夢みてる」  かわいらしくて悠翔の口元に笑みがこぼれる。起こさないよう、いきなり体重をかけすぎないよう、そっとベッドサイドに座った。  璃空はよほど疲れていたのかまったく起きる気配もない。深い眠りの中にある。  その顔にかかる癖の強い長い前髪を悠翔は掬い上げる。  凜々しく整った眉、長いまつげ、切れ長で艶っぽい目、すらっと長く整った高い鼻、薄いが形のよい唇、髭の痕が目立たない滑らかな肌と整った顎のライン。計算し尽くされた芸術品のような美しさにほうっと熱い吐息が漏れる。  初めて見たときからドキドキしていたように悠翔は思う。その時は整いすぎた外見のせいで、なんとか交流したいと願いながらなかなか関わるきっかけをつかめずにいた。  そのあたりは萌子が強くて、彼女は面と向かって璃空のことを「かっこいい」と評した。その後は先人のおばさま方を堂々差し置いて璃空を独占したのである。  璃空はそのことに対して自分を巡る人間関係のトラブルに別に困った様子も、かといって彼女の存在をひけらかしたり他と区別したりする様子もなかった。萌子が彼女になっていたと悠翔が知ったのが別れた後、それも本人から聞いて初めてというところに全てが現れている。  来る者は拒まず、去る者は追わず。努力が嫌いな性格のために身の丈以上に気取ることもなく、自分が気取らない分他人にも求めない。そんな柵のなさが心地よかった。自分らしくあっていいのだという気分になれた。  整いすぎたその顔が年齢相応の笑顔で崩れたとき、きっと悠翔はもう璃空に墜ちていた。  悠翔は璃空の手を取る。大きな手だ。この手は多くの人の手を取ってダンスへ誘い、幾人もの女性を抱いてきたのだろう。  一度自分の中に黒い部分があるのだと知ってしまうともうそれをなかったことにはできない。  恋への渇望と狂気で自分を制御できない狼のように荒々しいあの目を誰かに見せてほしくないと思ってしまう。  鴻の翼で包みこみ、大樹のように支えてくれるそのエスコートを誰にもしてほしくないと思ってしまう。  望むべくもないというのに。  今まで自分の中にあるなんて思ってもいなかった女々しさに泣きたくなってくる。 「…………寝よ…………」  悠翔はずずっと鼻をすすってから部屋の電気をぱちんと消した。  暗闇の中で璃空の足下にわだかまる布団をごそごそと手探りして引き上げてかけると、自身もその中へ潜り込んで背中を向けて横になった。  みじろいだ璃空の長い腕が悠翔の背後から覆い被さって、大きい体がぴったりと背後から包み込んでくる。耳元に規則正しい璃空の寝息が聞こえた。  静かな心地よさに悠翔はうとうととし始める。その耳元へ吐息のように璃空の声が聞こえた。 「悠翔君…………悠翔…………」  いつものように夢を見ている。  寝言に応えるとよくないと聞いたことがあったが、璃空が少し低めの声で熱っぽく何度も自分の名前を呼ぶものだから、悠翔はたまらなくなってしまった。 「なに……璃空、君?」 「大好き……」 「え?」  横になったまま、心臓がどくん、と高鳴って、悠翔の目はぱっちりと冴えてしまった。  飛び起きたい衝動に駆られる。けれどもそんなことをしてしまったらさすがに璃空を起こしてしまう。じっと我慢した。 「い、今……なんて……?」 「……愛してる……ぅ……ふふ」  璃空は掠れたセクシーボイスで悠翔の耳をくすぐる吐息のように寝言を言って、少々にやけた顔をするとまたすやぁっと深い眠りについた。  どんな夢をみているのか。  その言葉は自分か、それとも違う誰かに向けてか。  だらりと肩から前に垂れていた指の長い大きな手をきゅっと掴む。ダンスの時にはジュークボックスのようにどこからか音楽が聞こえてきた。それがピタリと璃空と悠翔の呼吸を合わせてくれて、彼が次にどう動こうとしているかなんて言葉にしなくてもわかりすぎるくらいわかる。なのに今はしんと静かで璃空が何を考えているのか、どんな夢を見ているのかなんて当然のことながらさっぱりわからない。  静かな暗闇の中で響くアナログ時計の秒針の音と高鳴る自分の心臓の音だけがやけに気になって、悠翔はしばらく眠れなかった。

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