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第6話 君がほしい①

 璃空は身長の高さが原因かなにかはわからないが、冬場の朝は四肢の末端がひどく冷たくなって目が覚める。  それが今朝はちょうどいい。暖かくて心地よい。熱源が隣にあるからだ。璃空は寝ぼけ眼でそれを引き寄せる。 「ん……むぅ……」  抱きしめたそれが何やら声を出したので、璃空ははっと目を覚ました。  昨日は、悠翔が泊まったのだ。  今日は学校がなく、バイトも昼からだと聞いていた。だからゆっくりして、バイトの時間まで余裕があればワルツの練習をしようと話をしていたのである。  とすれば、隣にいるのは誰か。  誰を自分は抱きしめているのか。  冷静になって璃空はさあっと朝から背中に冷や水をかけられたような気になった。  ばっと飛び起きてみる。みれば隣にはすやすやと眠る悠翔の姿があった。  璃空がパジャマ代わりに貸した4LのTシャツと、彼自身がお泊り用に寮からもってきた真新しいボクサーパンツ姿だ。  むちっとした尻のラインが下着に透けていた。ただでさえ朝の生理現象で璃空のスウェットパンツの中はゆるゆると寝起きをみせているというのに、目の前の光景に主の自制などまったく気にした様子もなくぐいぐいと背伸びをし始める。あまりに皮が伸びすぎて少々痛かった。  悠翔がごろりと寝返りを打つ。シャツがめくり上がって引き締まった腹筋がちらりと見える。それはそれでそそるのだが、惜しげもなく晒された健康的な男子の証と窮屈そうなボクサーパンツがなおダイレクトに璃空を煽る。生唾を飲んだ。  性的思考がヘテロだとかホモだとかそういうのは気にしたことがない。  自分の容姿が世間一般の美醜基準からすれば美の方に属していることを知っている。だから中学、高校と女子からだけでなく男子からもそれとなくお誘いを受けることだってあった。肉欲が先に立つ恋愛観は男なら割と普通のことではある。だからその方向性が自分よりも少々華奢だとか、綺麗だとか、自分にないものへの執着として発露してしまうのも理解はできる。  ただ女子に対してすら真剣に向き合ったことはない男なので、同性など完全に恋愛対象としては眼中になかった。  悠翔に会うまで。  初めてダンススタジオでスポーツウエアに着替えた姿を見たとき、肉々しくかつ柔らかそうなお尻のラインに目がいった。昔からお尻や腰の豊かさは安産の証だという。だからこそそれに魅力を感じるというのは生物の雄としてすり込まれた本能なのかもしれない。相手が同性だとしても関係なく、ラテンのリズムに揺れるときにそのラインに釘付けにされた男性諸氏の視線の中には璃空のものもあった。  そんな魅惑の腰つきだけでなく、南国の太陽のような笑顔と穏やかな性格が魅力的だった。璃空はスタジオ内に同世代の同性がいなかったこともあって、悠翔が現れるのを心待ちにするようになっていた。  でも彼は明らかに萌子にだけ気があって他の人との交友も積極的なわけでないし、それでも璃空に興味をもってくれているのだろうなとはわかるのだが、話すきっかけがない。  その橋渡しとなったのが萌子だ。  璃空は彼女の好意を利用して悠翔の友人という立場を手に入れた。  そのまま、微妙な心理的バランスをとって過ごしていければよかったのかもしれない。  しかし悠翔は萌子ともっと親しくなりたがっていたし、萌子は璃空の恋人になりたがっていた。そして璃空はいつからか3人の中で悠翔の『一番』になりたくなっていた。  まるで小学生の独占欲だ。  璃空は3人の関係についてそう思っていた。特に自分の気持ちの重さを、過小評価していたのだ。  それは恋だった。  悠翔を誰にもとられたくないという嫉妬とそれを生み出している成熟した淫らな情熱を孕んだ……。  だから本気でもないのに萌子の告白を受け入れることにも、何食わぬ顔で変わらない3人の関係を紳士面で半年もやり過ごすことにも、その結果彼女が自分に愛想を尽かすことで離れていくことにも、璃空は残酷な無関心を貫くことができた。 「君が、欲しかったんだ、悠翔君。今も……」  璃空は肉厚な悠翔の唇に人差し指で触れる。柔らかく、心地よかった。この唇に口づけたいと強く願った。 「こんな俺を知ったら……君は嫌いになる?」  南国の日差しのように眩しく、泣きたくなるほど素直で優しい(ヒト)。  彼が知っているのはワルツを誘う紳士であるはずだ。それが燕尾服をひとたび引きはがせば、浅ましく昏く重い欲望を抱いている。非難に歪む悠翔の顔を想像して璃空の目は深い洞を抱いた。  そんな事などまったく知りもしないあどけない寝顔の悠翔は、唇をもにゃもにゃと動かし、ちゅるっと吸い込むように璃空の指先を口腔内へ誘う。  肉厚な唇とにゅるりとした内側の感覚に璃空の体の中心から背骨を一直線に電撃のような欲情が駆け上っていった。  璃空の下着を浮き上がらせている牡は腹につかんばかりに張り詰めて、身じろぐだけで引きつれる痛みがはしる。こんな風に反応したのは初めてだ。童貞を失ったその時だってここまで興奮したことはなかった。  璃空の指先に悠翔の舌先が触れる。その弾力を楽しむように璃空はゆっくりと指を動かし出し入れを繰り返す。ちゅぽん、と指が引き抜かれた時、唾液で艶めく唇が扇情的だった。それを見下ろす璃空の下着はじっとりと濡れて、スウェットに濃い染みを滲ませていた。 「あ…………あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」  璃空は倒錯した自分の行為を反省して罪悪感の小さな呻きを上げる。そうして体をくの字に引き曲げて少々昂った熱が去るのを待つ。  でなければバスルームに向かうのすら今は辛くなってしまっていた。

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