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第7話 ナイショの二人②

 パソド・プレはスペインの伝統的な闘牛を元にしたダンスである。  男性ダンサーは闘牛士を、女性ダンサーは彼の持つ赤いケープやそれを閃かせるイマジナリー闘牛を表現している。 「牛が見えるな」  サンバチームの休憩中、メンバーの一人が佐々木ダンススタジオレッスン場の中央で鬼気迫る踊りを見せる璃空と紗季を見てそう評する。 「最初の頃のあの二人って、男女ペアっていうけど実性別逆かと思ってたくらいだったのにな」 「最近は新崎君になんか雄味が出てきたからむちゃくちゃ迫力出てきたよ、あれ」 「もともと紗季さんが割と強めな感じだったしな」 「激しいわ~」  そんな中年たちの評価を悠翔はペットボトルでのどを潤し、気にしていないふりをしてしっかり聞いていた。  嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちである。  評価を受けているのは悠翔ではなく璃空だ。けれども璃空の表現力に変化が生まれたとすれば、原因となるのはもう悠翔との関わりしかない。  仲間たちが知らない間に二人はダンスを通して互い絆を強くし、隠されていた恋心を確かめ合い、濃密なキスに溺れ、けれどもその先に進むことを躊躇ったまま、19歳の持て余した性欲をダンスへ昇華していた。  スタジオの人たちは彼の変化を大会に出るからだ、と認識しているようだったので、そういうことにしておけばいいと悠翔は敢えて視線を逸らして見ないふりをする。  そこで肩を叩かれた。 「ところでうちの花形さんよ」 「はい?」  悠翔が振り向くと、50歳オーバーの昭和臭が漂うおじさん達がニヤニヤ笑っていた。 「最近腰つきが前以上にエロっちいけど、彼女でもできた?」 「え? ええ!」  セクハラだ。  そうは思うけれどもこの年代の人のコミュニケーションの基本がこういう話題であることは、同年代の中華料理店の店長や常連の客で学習済みではある。  恐ろしいのはその変化を感じ取る嗅覚だった。 「前からステップの軽やかさにはみんなから定評があったけど、最近は艶やかさも加わったね、ってみんなで噂してたんだよ」 「あそこには透明の牛が見えるように、君のステップからは南国の日差しと踊る乙女の恋の唄が聞こえてくるってな」  悠翔に自覚はない。  ただ他から見て彼らの言う「エロっちい」表現がその腰つきに見えるとするなら、原因となるのはこちらももう璃空との関わりしかない。  璃空との関係が仲間達にばれるわけにはいかない。絶対にだ。  萌子の時のように内紛が勃発した上、会員を大幅に失うようなことになっては困る。佐々木に大損害を与えるだけでなく、璃空の評価が大きくマイナスになる。  悠翔はははは、と乾いた笑いで誤魔化す。目は笑えなかった。  ただ年配者が悠翔を気にしていたのは下世話な好奇心からではなかった。 「萌子ちゃんがやめちゃったあと、実はみんな心配してたんだぜ。多分木下君もやめるんだろうな、て」  比較的若いメンバーが言った。  悠翔は乾いた笑いから気を取り直してペットボトルの水で唇を濡らした。 「バレてたの?」 「お前さんがあの子狙いでここについて来ただけって、知られてないと思ってたのか?」 「全員知ってたよ。年の功を舐めんなよ」 「だからワルツ組のおばちゃんらが君らをたきつけてきてたろ?」 「え、そっちまで? あれって新崎君から萌子ちゃんを引きはがすためだと思ってました」 「それもあるだろうけど、みんなお前さんにやめてほしくなかったからだよ」 「萌子ちゃんとペアを組んだら、まあ続けざるを得なくなるだろうな、とは思ってたし」 「だから彼女がやめたあとも残ってくれたのは嬉しかったよ」 「なんてったって木下君はサンバチームの花形だもんな、なあボニート」  その言葉にみんなが深く頷く。親元から離れて暮らしている身には、その優しさがまるで親のようで悠翔はほっとする。  そこへ大きな影がぬっとかかった。  サンバチーム全員の視線が陰を注目して見上げる。璃空だった。彼は紳士的な微笑みでシャツに汗が染みる悠翔に自分のボディーペーパーを差し出していた。  男性用というと清潔感を出すために無香料かシャボン、シトラスといったものが多い。だが彼が差し出したのはシャルドネ&ジャスミンティーという特徴的な香りのするシートだ。璃空愛用の商品であり、この匂い=璃空というイメージがこのスタジオには定着していた。 「悠翔君。今日、時間ある?」 「明日も朝から学校だから、終電までなら」 「ワルツの練習しようよ」 「いいよ」 「じゃあ、あとで」  悠翔が引き出したシートで首元を拭うのを満足そうに見届けて、璃空はワルツ組に戻っていく。  サンバチーム全員が彼を見送った。 「なにあれ?」 「俺達にワルツパートナー隔離されて嫉妬してんじゃない?」 「マーキング?」 「まさか。ははは、ははは」  璃空の思わぬ一面を垣間見て、悠翔は予想外に大きな笑いが出てしまった。

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