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第8話 僕の王子様①
ニュースプリングダンスフェスと大きく描かれた垂れ幕がホールの屋上から垂れ下がっていた。
「ひや~すごい人」
ホール二階席へ繋がる廊下の窓から階下を悠翔は眺める。11時開場だというのに2時間前にも関わらずホール前のロータリーではいつもはどこに潜んでいるのだろうかと思われるほどの人がひしめいてる。
佐々木ダンススタジオの名前が入ったベンチコートのポケットが震える。見てみると萌子から電話が入っていた。
「もしもし?」
「今どこ?」
「二階の窓から外見てる。ついたの?」
「ロータリーのね、噴水の側。わかる? 彼氏と一緒に来てんだけど」
眼下をくまなく探してみると、すでに悠翔を見つけていた萌子が大きく手を振っている。その傍には璃空の身長に悠翔の筋肉をつけた青年が寒そうに立っていた。
今からそちらを向かう旨を告げて電話を切る。大会議場の方では生演奏の軽いセッションが聞こえる。自分たちより先に演技をする予定のダンス教室がリハーサルを始めていた。
「お待たせ」
噴水まで走って出ると、少し息が切れる。悠翔はベンチコートのポケットから二枚のチケットを取り出して萌子に渡した。
「ありがとぉ! なんかチケット彼氏にお願いしたら、もうダメだったからさ」
「すいませんでした。おいくらですか?」
「舞台参加者の家族用なんで、一枚3000円で。ビュッフェチケットはついてないけど、中で買えるらしいから、それは実費でお願いします」
「え、いいの? そんなチケットもらっちゃって」
「親に踊ってる姿は恥ずかしくて見せられないから、今日の事は言ってない。萌子ちゃんはほら、やめちゃったけどうちのメンバーだったわけだし、家族扱いでも問題ないよって、先生が」
「やっぱり踊るんだ」
「うん。サンバ隊のメインでね。めっちゃドキドキする。でもほら15人でわちゃわちゃやるしさ。そのあたり気が楽」
「そのコートの下に衣装とか、もう着てる?」
「うん……まあ。サンバ隊が佐々木ダンススタジオの一番手だからさ」
「え、え、見せて」
「え~」
悠翔は渋ったが強請る萌子が半ばカツアゲするようにベンチコートの袷を締め上げたので、しぶしぶコートの袷を開いて見せる。
サイドにキラキラの羽根がついた真っ白なお尻ぱっつんぱっつんのパンタロンに、目の覚めるようなオレンジの向日葵模様とふりふりの大きな襟元が派手派手しいファンタジアだ。トップスは一応ボタンで袷が止められているのでシャツの分類に入る。だが意図か偶然か悠翔のウエスト基準のサイズのものなので、悠翔の分厚い胸筋がボタンをとめさせない。大きく開いた胸元は先端こそ隠してはいたものの脇から寄せあげられた肉でくっきりとした谷間を見せていた。
「う゛……な、ないすばでぃ~」
「ありがと。恥ずかしいけどね」
少し照れながら悠翔はコートの前を閉める。
「でも思ってたよりは大人しめかも。もっとこうリオのカーニバルみたいなきわどいの想像してた」
「日本の地方都市のイベントで半裸体晒すのはどうなの? それに僕ソロでは踊るけど、パシスタ・マスクリーノじゃないからね。先生には随分勧められたけど……」
「断ったの? もったいない。せっかくそんないい身体してるのに」
「本当だよ。やっぱりいい肉だ。うちにインストラクターでこない? バイト代、ハズむけど?」
「あ、いや、遠慮しときます」
やんわりと悠翔は断ったが、萌子の彼氏が目を輝かせて距離をじりっと詰める。萌子から前に彼が肉体フェチっぽいと聞いていたので、悠翔は少々身の危険を感じた。
「悠翔君」
背後から声を掛けられて悠翔は振り向く。
立っていたのは璃空だ。開いたベンチコートからはマタドールジャケットを模したトップスと、ラテン用のゆったりとしたダンスパンツが見える。いつも通り前髪を下ろしているのだが、衣装がパソ・ドブレ仕様なせいかエレガントでありながらワイルドないで立ちに周りの熱い視線が痛いほど集まってくる。
璃空は悠翔のすぐそばに立って、それとなく肩を抱く。この場にいる誰よりも高い身長となまじ顔がいいものだから、萌子の彼氏をけん制するような近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
しかし萌子は相変わらず気にした様子もない。
「あ、璃空君。久しぶり。相変わらずめっちゃ綺麗だね」
「ありがと。そっちは?」
「あたしの今彼」
「そう。楽しんで行って」
璃空はにこっととても爽やかで綺麗な笑みを萌子とその彼氏に向ける。
二人の会話はまるで参観日に偶然会ったかつての同級生のようで、ほんの数か月前まで付き合って別れたようには悠翔には見えなかった。
強いな、二人とも。
そんなことを悠翔が考えていると、肩に置かれた手でとんとん、と軽く叩かれる。
「悠翔君、もうそろそろうちのリハーサルだって」
「じゃあすぐいかないとね」
「頑張って。あたしもすぐに見に行く!」
「うん。じゃあ、後でね」
悠翔は萌子に軽く挨拶をして別れ、璃空と共にホールへと入って行った。
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