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おまけ そしてワルツを一緒に②

 一通り食事が終わり、メインルームのソファーにくつろぎ、璃空と客人が自分たちの研究について語らう中、悠翔は客人の妻と暖炉の側でジンジャーの入ったホットミルクを傾けていた。 「夫が何を話しているか、さっぱりだわ」 「同感です」  客人の妻が肩をすくめる。退屈な彼女は優しい悠翔の雰囲気に安心し、美しい教授の可愛らしいパートナーに興味津々だった。 「学校はどちらを?」 「調理師の専門学校を」 「すぐにコックに?」 「いえ。専門は栄養学なんですよ。しばらく栄養士として働いていました」 「ああ、それで。薬膳のようでそれほど匂いは気にならないし、でも普通の料理にしては体に染み渡るようだったわ」 「璃空がよく食べる人なので、バランスに気をつけているんですよ」 「あの体で? 今でも?」 「今は昔ほどではありませんが、よく食べますよ。僕なんかより、ずっと」  悠翔はそう言って笑う。  食事と運動には気をつけているので、体型の割には二人とも血圧も血糖値も健康診断ではいつも花丸をもらっていた。  客人の妻はふと、暖炉の上に置かれた写真を見る。夫が食事前に見ていたものだ。 「あれはいくつくらい?」 「ああ、その写真ですか? もう二〇年以上前になりますね。三〇になるかならないかくらい。ここへ越してくる直前です」 「あら、この地元の方じゃなかったの?」 「璃空がこっちの大学の助教授に就任することが決まって、いい区切りだったでの正式に籍を入れてこちらに移住してきたんです」 「今もダンスを?」  悠翔は首を振った。 「写真の中心に車椅子に座った男性がいらっしゃるでしょう?」 「ええ。素敵な方ね」 「佐々木先生です。その写真はスタジオ最後の発表会のものでしてね。彼がもう立つこともできなくなってスタジオも別の先生の教室と合併するとなったら、急になんだか二人とも続ける気になれなくて」 「いい先生だったのね」 「ええ。残念ながら僕がこちらに移ってすぐに亡くなったとのことです。それからは踊っていません。そういう縁だったんでしょう」 「もったいないわ」  客人の妻は立ち上がると、自分を誘えと手を差し出す。  悠翔は戸惑いながら体の前で両手を振った。 「マダム、私はもう……」 「ゆっくりでいいわ。私をリードしてくださる? ムッシュー」  彼女の目は断ることを許さなかった。気が強いのとは違う、女性特有の我が儘と気遣いを感じて、悠翔はゆっくりと立ち上がる。遠い昔、璃空と悠翔をつないでくれた可愛い女性を彼女は思い起こさせた。  二人は暖炉から少し離れた窓際のスペースに手をつないで移動していく。  それを見ていた璃空とその客人も立ち上がって二人へ歩み寄った。 「なんだね。夫に内緒で他の男とダンスなんて」 「マダム。彼がダンスを断るのは、スタンダードにおいてはリーダーではなかったからですよ。あまり得意ではないのです」 「じゃああなたたちも参加なさいよ。こんな素敵なパートナー(私たち)をほったらかして、自分たちの趣味の話に夢中になっちゃって」  客人の妻はニコニコと笑って夫達に言った。  言われた側は顔を見合わせてから破顔し、客人は妻を、璃空は悠翔の手を取った。 「ぎっくり腰、大丈夫なの?」 「大丈夫だよ。ゆっくりならね。俺と、踊ってください、悠翔君」 「そこは違うでしょ? ハニー」  悠翔は少し背伸びして璃空の耳元に囁く。 「ダンスをするときは、僕を君のお姫様にしてくれるんじゃないの?」 「ああ、そうだね」  璃空は取った悠翔の手の甲に形のよい唇で触れる。  ちらり、と上目遣いに見る璃空の視線は出会った頃と変わらず艶やかで、佐々木ダンススタジオで踊っていた時のことを悠翔に思い出させた。 「俺を、君の王子様にしてくれるかい?」 「腰を抜かしても知らないよ」  璃空の長い腕が若々しい翼を広げ、悠翔の両手を受け止める。  気を利かせたスタッフによって家具類は部屋の端へ寄せられて、BGMが切り替わる。  美女と野獣。  ワルツ用にアレンジされた曲がかかって、二組がゆっくりと踊り出す。  璃空は悠翔にだけ聞こえるほどの声量で言った。 「ああ、思い出すね。悠翔君のラベンダーシルバーのテールコートスーツ姿」  璃空は進行方向へ顔を向けたまま、その声は若々しく嬉しそうだった。 「俺はね、それを見た瞬間に決めたんだ。絶対この人を大事にしようって」 「その割にはその夜はなかなか嵐のようだったと記憶してるけどね」 「嫌だった?」  璃空は笑う。最高の気分で抱いてあげる、という約束を果たした自信はあった。 「………………馬鹿」  それが証拠に璃空がちらっと悠翔を横目で盗み見ると、悠翔は真っ赤な顔をしていた。  璃空が支え、悠翔が舞う。まるで一つの魂のようにぴったりと呼吸の合った二人の滑らかなワルツを客人達は満足げに眺めた。 「なんだ。まだまだ現役じゃないか、教授(プロフェッサー)。その足裁きならアカデミアの晩餐会に招かれても問題ない」 「ありがとうございます。しかし私のパートナーは彼だけです。他の誰とも踊れません」 「なら彼も一緒に来るといい。今度こちらへ招待するときは、二人分のチケットを用意するよ。なに、公式な競技会じゃないんだ。誰がどの役割を誰と踊っても、気にする者はいないよ」  そうだろう? と客人は妻に尋ねる。妻はふふふ、と笑ってから夫の頬へキスを与えた。  夜が更けていく。  窓の外にはちらちらと雪が降り出していたけれども、暖炉で暖かいメインルームでは、ささやかな舞踏会が夜遅くまで続いていた。

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