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 私のオタク趣味を、否定しない人。  そんな存在は、もう二度と現れないに違いない。  そう思いつめた健人は、思いきって美咲にプロポーズすることにしたのだ。  映画や食事、ライブや、お茶や、水族館。  デートは数回重ねたが、まだキスをしたこともない。  お付き合いの入口に立ったばかりなのに、プロポーズとは。  健人は確かにオタクだが、収集欲はさほど強くない人間だった。  高価なグッズに金銭を使うことがなかったため、貯金はきちんとできている。  女性が好きなブランドの、美しいデザインをしたダイヤモンドの指輪。  缶コーヒーを買う程度の気軽さで、健人はそれを手にしていた。  そして、プロポーズは見事に砕け散ったのだ。 「父さん、母さん。俺、辛いよ。とっても……」  仲の良かった、両親。  私も、あんな風に。  パートナーと、笑顔で人生を歩みたかっただけなのに。  健人の頭の中には、悲惨な失敗体験が生々しく渦巻いていた。  

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