111 / 256

5

「高校生の時、付き合ってたんだ。瑞紀くんと」 「やっぱり!」  由宇は、手近にあったクッションを素早くつかむと、それで健人をバンバン殴り始めた。 「ちょ、由宇くん! 待って! 話を最後まで聞いて!」 「僕に内緒で、他に好きな人がいたなんて!」 「違うよ! 彼とはもう、終わったんだ!」 「言い訳は聞きたくありません!」 「頼む! 言い訳させて! 落ち着いて!」  確かなデータを元に、冷静な判断をくだす。  だが、健人が絡むと途端に感情任せになる。  そんな由宇を可愛いと思いながら、健人は彼が殴り飽きるのを待った。  やがて、手にしたクッションを胸に抱きかかえ、由宇は唇を尖らせてあぐらをかいた。 「一応、聞きましょう。その言い訳とやらを」 「ありがとう。恩に着るよ」  そして健人は、瑞紀との関係を語り始めた。  正直に、素直に。  妙な作り話はせずに、本当のことだけを話した。  そして由宇は、それに口をはさむことなく、静かに聞いた。 (僕と出会う前の、健人さんの恋……)  事実を知るのは、少し怖い。 (まるでヒトのような感情が、僕の中に生まれて、育っている)  それは、良いことなのか。  それとも、悪いことなのか。  まだ解りはしないが、今はただ健人の思い出話に耳を傾けた。

ともだちにシェアしよう!