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 一方、瑞紀は最後のレースで良い結果を残すために、心身を整えていた。  レース日は、太陽も昇らないうちから、騎手の仕事は始まっているのだ。  朝一番の調教を終え、競馬場に到着すると、前検量を受ける。  騎手は、決められた負担重量で騎乗することを、義務付けられているためだ。  瑞紀は第二性がオメガなので、体つきは小柄で、検量は問題ない。  メンタルも、緊張とリラックスのバランスが、良い感じに取れている。 「問題は、馬たちの様子だな」  今日は、あいにくの梅雨空。  雨粒や湿度、濡れたコースの感触など、馬の気持ちを乱す要因がたくさんあるのだ。  騎手は騎乗の技術だけでなく、日頃から馬を理解し、心を通じ合わせることも、非常に大切だ。  馬が大好きな瑞紀は、そういった術に長けていた。  第一レース前、彼はパドックで騎乗馬の状態を確認したが、やはり馬はいつもと様子が違う。  馬場で返し馬を行い、走りも確認したが、興奮しているようだった。 「この馬は、神経質な子だからな。体が濡れたり、跳ねた泥が付いたりすると、イライラするんだ」  彼を何とかなだめながら、まず瑞紀は第一レースで5着以内に入ることができた。  レースが終わると、騎手は後検量を受ける。  ここで、負担重量の過不足がないことが確認されて、はじめてレース順位が確定するのだ。  その後、表彰式や取材を受けると、また次のレースに向けて同じ流れを繰り返す。  騎手は、1日に10以上のレースに出場しなくてはならない。  瑞紀もまた、この日はラストランまで、あと11レース残っていた。 「まだ始まったばかりだ。気を引き締めて、いこう」  雨が続いていたが、瑞紀の心はきれいに晴れていた。

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