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カレンダーの余白
「……あ、」
サークルの部室にかけられているカレンダーに、宇都峰 の名前とともに休みと書かれた文字に気が付く。
ゴールデンウィーク真っ只中の合計三日間。それは、俺の知らない予定だった。
宇都峰と一緒に適当に入ったサークルは活動日が不定期だった。もちろんそれを狙ったことは否定しない。
部屋にかけられているカレンダーには活動日に赤い丸がつけられていて、メンバーはそれに加えて名前と共に知らせておきたい予定を書き込んでいた。活動日を決める際に被せるなという圧だと先輩が言ってたのをよく覚えている。
月が替わると誰かしらがスマホで撮影してグループチャットで共有してくれているが、いい加減アプリに切り替えようかという話が出てから一年が経過した。
宇都峰の知らない予定なんて別に今までも当たり前にあったことだ。俺だってあいつに一々予定の共有なんてしないし。
それなのに大型連休というものだからか、あいつが誰かと予定をたてて出かけようとしていることが気になってしまった。
……いや、別に。気にしていない。
「名取 ー、まだ?」
「待たなくていいっつったろ」
部室の入り口から中を覗き込みながら、宇都峰が声をかけてくる。呑気な様子のあいつに思わずどこか八つ当たりのような苛立ちを抱いた。忘れ物をしただけだから先に行けと伝えたにも関わらず勝手についてきたのだ。こいつは少々そういう所がある。
このあと昼飯を食べに行くことになっていたから、多分それの時間を気にしているのだろう。部屋に入ってそれほど経過していないはず。
「まあ、いいじゃん」
「……はぁ」
部屋を出て先に歩き出せば、宇都峰が少し速足でついてきて横に並んだ。
……気にしていない、と先ほど自分に言い聞かせたはずなのに、カレンダーのことがちらついてしまう。
こいつは一体誰とどこへ行くんだろうか。気付けばいつもこうして横を陣取ってくるこいつが、一体誰の横に立つというのだろう。
「昼何にする? 最近できたとこ……は、時間的に混んでそうだな」
「別にどこでもいい」
「なんだよ、急にご機嫌ななめだな」
「うるせえ」
「いつもの所にするか~」
「好きにしろ」
口を開けば宇都峰を責め立ててしまいそうで、手短に終わらせてぐっと押し黙る。
素直にあの予定は何かと聞ければどれだけ楽なんだろう。雑談の流れで、ゴールデンウイークはどこか出かけるのか、とか聞けたら。
……そもそもこいつが誰とどこへ行ったって俺には少しも関係ないのに。そんなことを気にする必要なんて一切ないだろ。
ああ、いいな。ずるい。その誰かとやらが、酷くうらやましい。俺には絶対にそんな機会訪れないのに。
***
「名取」
「……なんだよ」
「あのさ、ゴールデンウイークに旅行しね?」
「は」
思わず動きが止まる。
店に入って、適当にいつものメニューを選んで、運ばれてきた料理を食べ始めてすぐのこと。目の前に座っている宇都峰は、さも当たり前といった風にそう言ってきた。
「……あれ、予定ある?」
「ねぇ、けど」
「マジ? じゃあ、一泊二日で旅行な。あとで集合時間と行先共有しとくわ」
「は?」
「宿は飯がうまいところにした」
「いや」
「あ、翌日はゆっくり休めるように三日間休みって先輩たちに伝えてある」
「待てよ」
とんとん拍子に進んでいく話に俺が待ったをかけると、きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。どうやら宇都峰は、最初から旅行へ行く計画を勝手に一人で進めていたらしい。俺が一緒に行くことを前提で。
それじゃあつまり、ついさっき俺がうらやんでいた相手が自分だったってことか?いや、そんな間抜けな話があってたまるか。
「なんだよ?」
「伝えてあるって……じゃあ、あのカレンダーの、あれが?」
「そう。名取も休みだって知ってるから、書かなくていいよ」
「いや……お前なんで先に言わないんだよ。俺が断ったらどうすんだよバカ」
「その時はキャンセルかな」
「はぁ?」
「お前と行きたいんだもん」
宇都峰の発言に絶句してしまった。
……旅行というそれなりに大きなイベントを、こいつはあっさりとキャンセルしてしまうのか。
普通なら他の誰かと行く選択をしそうなものなのに。まして直前のキャンセルとなれば必要のないお金がかかるはずだ。それなのに、なんで。
「な、に……言って」
「だって、名取が言ったんだろ? 涼しい間に旅行に行きたいって」
「い、いつ」
「去年の夏?」
脳内に記憶が巡っていく。
去年の夏。毎年のように暑くてどうしようもなくて、課題とアルバイトとに明け暮れて、共通の授業が多い宇都峰と予定を合わせて課題を進めて。それはどちらかの家だったり、図書館など公共施設だったり、とにかく涼しい場所で。
あまりに暑すぎてどこに行くのも億劫だったから、暑くない時期にでもどこかへ行きたい……みたいな話をした記憶が薄っすらとある。
だけど、殆ど暑さからくる文句のようなもので深く考えて発した言葉ではなかった。
「……お、前ッ! あんなしょうもないのをわざわざ覚えてたのか!?」
「そりゃ覚えてるだろ、名取はあんまそういうこと言わないし」
「それは、まあ……言わない、かも」
「俺は嬉しかったんだよ。だから浮かれて全部一人で決めて、断りにくくした」
「は?」
「名取はなんだかんだ優しいから、断らないだろ? ほんとに予定がなければさ」
目の前で少しだけ照れくさそうに笑う宇都峰が、一体どこまで考えているのかが分からなくなった。
断られることまで想定していたのか。しかも、あっさりとキャンセルするとも言っていたし。これって普通の友人の距離感、なのか?
……もしかしなくても、こいつは。
「う、るせぇな……。全部一人で決めてんじゃねーよバカ……」
「次は一から一緒に決めような?」
「っ……くそ、次は俺が一人で決める」
「うん、楽しみにしてる」
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