一泊二日で組んだ旅行の帰り道。 ギリギリまで遊んでいたくて、帰りは夜行バスに乗ることを最初から決めていた。 名取(なとり)に提案すれば、お前が決めたなら何でもいいと返ってきて、それにほっとしたのは記憶に新しい。 互いに遊び疲れた体を引きずって乗り場へ向かい、夜の二十二時頃にバスへ乗り込んで、今は高速道路を走っている。すれ違う車に比べれば俺たちと同じ方へ向かう車は多いようで、先ほどからスピードを落としてゆったりとしたペースを保っていた。 時間、疲労、少しの環境音、運転に関わらない状況。ばっちりと揃った条件で眠気がやってきている。隣に座る名取も同様に眠いらしく、先ほどから船をこいでいた。 その様子を横目にスマホで渋滞情報をなんとなく調べてみれば、この先は暫く渋滞が続いているらしい。それも加味して連休の途中で日程を組んだんだけどな。まあ、考えることは皆一緒か。 「渋滞だって」 「あー……」 眠気を紛らわそうと体勢を変えた名取がこちらに気付いたので、スマホを見せてやれば力の抜けた声が返ってくる。眠くてあまり頭が回っていないんだろう。あまり見る機会のない姿に、ほんの少しだけ嬉しくなる。 「眠いなら寝たら？」 「……いや」 「帰った時に寝れないから？」 「ちがう」 「じゃあ、なんだよ？」 「お前一人になるだろ」 「あー、そういう……」 ずっと眠気に抗っている理由が分からなくて聞いてみれば、そんな答えが返ってくるものだから少々驚いた。今回は素直に俺のためだと思っていいだろうか。 でも流石に最後までは名取も俺も起きていられないだろうから、眠れるならそうした方がいいはずだ。 俺は持ち込んだカバンを探ってワイヤレスのイヤホンを取り出し、一つを名取に差し出す。掌に乗ったイヤホンへ不思議そうな視線が注がれているのが分かった。 「なに」 「音楽聞こう。そうしたら名取が寝ても音楽があるし、気にならないだろ」 「……うん、まあ多少は」 名取がイヤホンを受け取るのを見て自分も残った片方をつける。スマホを操作して、いくつかある中からゆったりとした穏やかな曲が多いプレイリストを選んだ。 曲のテンポで覚めてしまうような眠気ではないと分かっているが、まあ要は気分だから何でもいいだろう。 「音量大丈夫か」 「ん。お前、普段こういうの聞いてんの？」 「気分で色々変えてる。その中の一つって感じ」 「へえ」 「名取は？　好きな曲ある？」 「テンポの速いやつ……」 「いいね。今度、おすすめ教えてよ」 「……選んどく」 眠そうな名取の声がだんだんと崩れていく。尻すぼみになって、口も閉じていって、本当に眠ってしまう一歩手前なのだろう。 時折すれ違う車のライトが窓に映った名取の横顔を照らし、完全に瞼を閉じているのが見えた。 (……窓際以外も、悪くないな) 流れる景色を見るのが好きだったから、こういう乗り物の座席は必ず窓際を選んでいた。だけど、名取との旅行で初めて窓際を誰かに譲った。彼はどうにも乗り物酔いをしやすいらしいから。 ずっと譲ってもらったり、率先して窓際を陣取ったりしてきたけれど、こうして隣に座る名取の色んな顔が見られるのは悪くないなと思えて。帰ったら俺はまた窓際を選ぶだろう。だけど、隣に座るのが名取なら今日までと同じように譲る。 ……また、次の機会を作らないといけない。ああでも、次は名取が全部決めてくれるから、次の次になるのか？ 眠気で少しもまとまらない事を考えながら、だんだんと意識が沈んでいくのが分かって、抗うことなく目を閉じた。