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君とならどこだって
定時で仕事を終え、いつもより少しだけ早い電車に乗って、最寄り駅の改札を抜ける。
人の流れを止めてしまわないように、ちらりと開きっぱなしのトーク画面を確認すると、「パン屋の前」と短いメッセージが来ていた。
スマートフォンを鞄にしまいながら歩いていけば、少し俯きがちに壁際で待っている名取 を見つける。
「お待たせ、名取」
「……おかえり」
「ただいま」
マスクをしたままの表情は少しわかりにくい。だけど、ふっと目元が柔らかく細められた気がした。
この時間に一緒に外へ出ることがずいぶん減っていたから少々新鮮な気分になる。本当に、いつぶりだろうか。俺の仕事の関係もあって、帰りに何かするという機会は大学生以来無いと言っても過言じゃない。
どうやら駅の方へ用事があったらしい名取から、帰りに迎えに行くと連絡が来ていたのを確認したのは丁度昼休憩に入った時。
あまりにも珍しい申し出に瞬時に理解ができず、驚き7割嬉しさ3割といった所で、理解すればそれが即座に逆転していった。
特に残業の予定もなく、どうにか緊急の仕事が増えないことを祈りながら仕事を終え、ダッシュで定時退社を決めた。
「ちょっと寄り道していかね?」
「もちろん」
名取はスマートフォンをポケットに入れ、背筋をくっと伸ばすと俺の隣に並ぶ。何か欲しいものがあるのかな。……最近何か言っていたっけ?駄目だ、思い当たる節があまり無い。
辺りはすっかり暗くなっており、看板や店の明かりがよく目立つ。俺と同じように帰宅したり人が大勢移動する時間帯ということもあって、駅周辺は人でごった返していた。
流れに合わせてゆっくりと歩いていけば、大小さまざまな商業ビルなどが立ち並ぶ通りに入る。
「……」
隣を歩いていた名取がふっと視界からいなくなり、彼が立ち止まったのが分かった。振り返ってみればショーウィンドウを熱心に見つめている。横顔からも分かるくらい真剣で、ゆるやかに移動していた視線が一点にぴたりと止まった。
何を見ているのか気になってやっと自分もショーウィンドウの方を向けば、複数のマネキンが目に入る。丁度名取のいる辺りの方まで視線を動かせば、シンプルなアクセサリーのシリーズらしいことが置かれた小さなポップで分かった。
アクセサリーを着用したマネキンは服装がバラバラで、着用の場面を選ばない使い勝手の良いデザインということらしい。
……なんとなくそう読み取ったというだけで、俺は名取ほど詳しくないけれど。この知識だって大半は彼からの受け売りみたいなものだ。
「名取?」
「ごめん、急に」
「気にしてないよ。何かいいのあった?」
あれだけ熱心に見ていたのだから、きっと良いものがあったのだろう。
クレジットカードも現金も財布に入っているし、この場で欲しいと分かればすぐにでも買いに行ける。あ、でも、何か理由をつけないと名取は怒りそうだな。ちょっと早い誕生日プレゼントとかどうだろうか。
「お前に似合いそうなやつがあって」
「え、俺?」
「うん」
拍子抜けというか、なんというか。まさか自分に似合うものなんて言われると思っていなくて、ぱちくりと瞬きを数度繰り返してしまった。何か欲しいものや見たいものがあるんだと勝手に考えていたけれど、もしかするとそれは見当違いなのかもしれない。
「どれ?」
「あれ。奥にある、シルバーの……好きだろ、こういうの」
「いいね、使いやすそう。別色もあるのか……あっちは名取が好きそうだ」
「つけるならそれがいい」
お互いに自分のことを少しも言っていないのに気が付いて、少しだけおかしく思ってしまう。
俺は一人の時ですら名取が好きそうだとか、好きだと言っていたものをよく覚えていて、気づけば手に取ってしまうことが多々ある。
名取がどうなのかは分からないけれど、今の様子を見るに似たようなものなのかもしれない。
「……買う?」
「……待った、値段見てなかった」
意見が一致していたのだからと提案したことだったが、名取がすっと指をさした方を見れば明らかに0の数が多くて口を閉じてしまった。これは、少し勇気のいる買い物になるだろうな。
「あ。……通りで、こんなに綺麗に飾られているわけだ」
ショーウィンドウの端から端まで、ワインレッドのベルベット生地が流れるようにカーブを描き数か所に渦を作っている。
吸い込まれそうな深い色のそれは光の加減で光沢を見せていた。装飾と言えるものはたったそれだけなのに、ずいぶんと高級感を覚えてしまう。
そういえば、この辺りは有名なブランド店や高級店が並んでいる辺りだった気がする。
「再来月ぐらいまで、残ってるといいな」
「そうだね」
名取の声音は少しの落胆を含んでいた。だけど、それにしては案外あっさりとしていて少しだけ不思議に思う。
ああ、やっぱり、さっきの俺の考えは見当違いだったのか。彼はきっと、目的もなく一緒に歩きたかったんだ。
「あ、飯は用意してあるから、何も買わなくていい」
「わかった。もう少し見ていこうか」
「ん」
彼がふっとこちらに顔を向ける。たまに見せる脈絡のない話は、彼が会話を続けたいことの現れだ。名取の表情はやっぱり普段と変わらなくて、心なしか少し嬉しそうにも見えた。
再びゆっくりと歩き出した名取に続けば、ショーウィンドウに反射した楽し気な俺たちの姿を煌びやかなライトがなぞっていった。
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