5 / 24

プレイリスト

「イヤホン切れた」 「お気に入りって言ってなかった?」 「まあ、何年も使ってたし……仕方ないだろ」 今朝、宇都峰(うづみね)のためにおすすめの曲を選んでいた時、突然片耳から音が聞こえなくなってしまった。 接続をし直したり色々手を尽くしてみたものの、結局はどれも駄目で。 一瞬だけ戻ったと思えばまた聞こえなくなり、中で断線したんだろうと諦めて愛用していたイヤホンを捨てることにした。 自分の好きなメーカー、形状、色、音質、値段。どれも完璧で、同じものをずっと買っていたのに。 「あんまりそう思ってなさそうな顔してるけど」 「……あれもう販売してないんだよ」 「そういうことか」 宇都峰が納得したように頷く。 新しいイヤホンを探さないといけないのか、と何となく憂鬱になりながら教室への道のりまでを歩いていく。 今日は不運にも宇都峰と授業が被らない時間がある日で、そういう時は必ずイヤホンをつけてコードを見せつけるようにし、誰かに話しかけられないようにしながら待っていた。 大学入学と同時に元からやっていたSNS更新の頻度を増やしていたら、それなりに色んな人の目に留まり、今や同じ大学の人間にもフォロワーがいる。 それ故に気付いた奴らが大して関わりもないのに、まるで友達のように話しかけてきたことがあり、それからはこうして周囲をシャットアウトするようにしていた。 「今日はBluetoothで凌ぐか……」 「充電はしてあるの?」 「ちょうど昨日した」 「それならまだ良かった」 教室へ入ると空いている後ろの方の席に座る。憂鬱な気分を吐き出すようにため息をついた。 ちらりと横目で隣を見れば宇都峰はスマートフォンを操作している。次の授業のことでも確認しているんだろうか。 ……あ。結局イヤホンが切れたせいで曲選びが中途半端に終わったままだ。コイツの横顔を見て思い出した。 スマートフォンのロックを解除すれば音楽アプリが開きっぱなしになっていて、見慣れたアルバムのサムネイルが目に入る。 一度始めればあれでもないこれでもないと悩んでしまって、授業の内容があまり頭に入ってこなかった。 まあ、あとで宇都峰に教えてもらうとして……。授業を話半分に聞きつつ、浮かんできた好きな曲をノートの端の方にメモしておいた。 「宇都峰」 「どした?」 「あとでさっきの授業の振り返りさせて」 「いいよ。何か分からなかった?」 「……ま、そんなとこ」 授業が終わって早々に伝えれば、宇都峰は不思議そうな顔をしつつもそれ以上は追及してこなかった。 コイツはどんなことであれ受け止めてしまいそうなものだが、追及されても理由は正直言いにくいし、ほっとしてしまう。プレイリストを組んでいた、なんて言ったところで後々になって「あれ、俺のためだったんだろ」とか言い出す姿が容易に想像できた。 「昼何にする?」 「なんでも。時間的にどこ行っても空いてるだろうし」 「いい加減新しくできたところ行こうか」 「あそこできたのいつだよ。もう新しくないだろ」 確かに、と同意を零しながら宇都峰が笑う。 新しくできたばかりだから、時間帯的に混むから。あれこれ理由をつけているうちにだいぶ時間が経ってしまった。 話しながらカフェを目指していけば、普段は聞こえてくる話し声もほとんどない。お昼前ということもあって、まだ空いているらしかった。 適当な席につけば宇都峰が思い出したようにスマートフォンを取り出し、それから少しもしないうちにメッセージアプリに通知が飛んでくる。 「これ聞いて待ってて」 「なんだこれ」 「プレイリスト。名取(なとり)におすすめ教えてもらうんだし、俺も何かおすすめしたいなと思ってさ。聞かせたい曲もあったから」 「……そうかよ」 「あ、気が向いたら分かんない所のリストアップしておいて」 「やっとく」 俺の返事を聞くと、宇都峰は鞄を持ち直して笑顔で手を振って席から離れていく。 Bluetoothのイヤホンをつけてスマートフォンに接続し、先ほど貰ったばかりのリンクをタップする。音楽アプリが開かれると、非公開のプレイリストに飛ばされた。 タイトルは特になくプレイリスト01というシンプルな文字が並んでいる。上から順に再生していこうと一番最初の曲名を見てみれば、自分がよく知る好きなアーティストのものだった。 (……アイツも聞いてたのか、これ) 決して誰も近付いてくれるな、と念を込めながらリュックを立ててテーブルに乗せると、その後ろに隠れるように突っ伏した。 二曲目、三曲目と聞いていくと、なんというか、自分の好みを的確に突いているようなものばかりで。 まさか宇都峰と音楽の趣味が合っていたとは思わなくて、少し嬉しく、何故かどことなく恥ずかしくもなりながら、窓から差し込んでくる日差しでだんだんと重くなってきた瞼を閉じた。

ともだちにシェアしよう!