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熱が冷めても残るもの
「あつ……」
仕事を終えた宇都峰 から連絡を貰って夕食を作り始めたのは良かったものの、火を使っているせいかだんだんと熱気の方が勝って汗をかき始めた。じとりと濡れて、シャツが身体に貼りつきそうで思わず顔を顰める。
あとほんの少し手を加えれば完成するし、先にシャワーを……いやでも、宇都峰が帰ってきたら……待った、汗かいたまま出迎えるのか?
そこまで考えた俺は、すぐにコンロの火を止めて着替えを用意し、お風呂場へ殆ど駆けこむように入った。
ぬるめのシャワーで汗を流していけば、今まで纏わりついていた汗の気持ち悪さが消えていく。普段よりも少々雑に洗っているが、宇都峰が帰ってくるのに間に合わない方がいやだ。
そんな思いで烏の行水が如くシャワーを終わらせて出てくれば、入る前にスマホで確認した時間から十分と少ししか経過していなかった。
「……今までで一番早い」
ほっと一息つきながらも手は止めず、身体を拭いて、スキンケアをして……と、そうこうしているうちにガチャッと玄関のドアが開けられる音が聞こえてくる。
流石に全部終わらせることはできないと思っていたが、いざ帰ってきたのが分かると慌ててしまって。バスタオルを頭から被ったまま玄関へ向かえば、丁度靴を脱いでいたらしい宇都峰が顔をあげてきょとんとしていた。
「ただい、ま……?」
「おかえり。わるい、シャワー浴びてた」
「いや……全然、きにしないで」
そう言う割には視線が合わなくて、そろりと顔を背けられてしまう。自然にそうしたつもりだろうがあまりにも不自然な動作だ。
宇都峰は廊下に降ろしていた鞄を持つと何も言わずに俺の横を通り抜けていった。
何かしてしまった、か?すぐ出迎えられなかったから?そんな可愛い理由ならいいけど、多分というか絶対に違う。
「宇都峰」
「なに?」
「……俺、何かしたか?」
「いや」
鞄を定位置に置いてスマホやキーケースなんかを取り出している背中に向かって声をかけると、短く返されて会話が途切れてしまった。
やっぱり何か変だ。コイツが喋らないことを選ぶなんて殆どないし、会話を切ることもそうそうない。
「何でこっち見ねえの」
「そういうつもりはなくて」
「……あるだろ、さっきから」
あれこれ考えて相手の気持ちを推し量るのは正直苦手だし下手だと自覚がある。仮に自分が傷ついたとしても理由を教えて貰った方がずっといい。
薄暗い部屋にいるままの宇都峰に近付いていけば、足音にびくりとして身を強張らせたのが分かった。もう荷物にすら触れていなくて、さっきからずっとそこに立ち尽くしている。
ひとまず近付かれたくないわけじゃなさそうだと判断して後ろに立ち、もう一度「宇都峰」と名前を呼んだ。
「……っ」
「なあ、宇都峰」
それでも振り返ろうとしないから横に回って顔を覗き込むと、薄暗い部屋でも分かるほど宇都峰の顔は真っ赤になっていた。
まさかそんな顔をしていると思わなくて言葉に詰まってしまう。さっきまで普通の顔をしていたような気がするが、なんでまた急に。
「見、るな……」
弱々しい声で言った宇都峰は手の甲で口元を隠して、きゅっと眉根を寄せて顰め面をしていた。
一歩後ずさるように俺を避けて動くと、宇都峰はそのままそそくさと部屋を出て行ってしまう。……見るな、ってなんだ。
「は、え、おい、待てよ宇都峰! お前、熱中症なんじゃ」
「違う! 違うから来るな!」
「あ!? 来るなってなんだよ、そんな顔真っ赤にして言い逃れ出来ると思うな!」
出ていった宇都峰を追いかけていけば、部屋の明かりに照らされた顔や耳が赤くなっているのがよく分かった。
夜と言えど涼しいわけではないしスーツで動いていたのだから暑かったに決まっている。このまま宇都峰に倒れられたら困るから言っているのに。
「ッ……名取 、が!」
「……俺?」
「お前から、いい匂いがする、から……なんか、変な気起こしそう、で……」
「は」
ぽかん、とした顔をしていたと思う。
一瞬自分が何を言われたのか、宇都峰が何を言ったのか分からなくて、すぐに理解できなくて混乱した。
コイツ今とんでもないこと言わなかったか?変な気?いや、それは。
「だ、から……近付くな、って言った……」
一層顔を赤くしてこちらを睨みつける宇都峰が、またすぐに視線を逸らす。
社会人になるにあたって関係がリセットされてからもずっと近くにいて、俺がこんな事をしている理由がコイツは分かってないんだろう。
別に分かってもらう気も一切なかったけれど、一度教えておいたって損はないはずだ。
「いくらでも起こせよ」
不意をついて近付き、宇都峰の胸倉を掴む。
駆け寄った勢いでバスタオルが床へ落ち視界が開けると、真っ赤になって少し困惑している宇都峰の顔が見やすくなった。きっと俺の顔も宇都峰と同じぐらいに真っ赤になっているんだろう。
「……い、いのか?」
「そう、言ってる」
「っ……かっこつかない、し……今は、俺がむりだ……全然、うまくできるきがしない……」
名取に言わせるの、ダサすぎないか……?と情けない声が小さくなっていく。色んなコイツを見てきたつもりだったが、こんな姿は初めて見たかもしれない。
胸倉を掴んでいた手を離してやれば宇都峰はとうとう両手で顔を覆ってしまった。
「ダセェぐらいで何とも思わねえよ。好きなままなんだから」
落としたバスタオルを拾い上げ、そのまま脱衣所へ向かいながら、自己嫌悪している宇都峰に声をかける。
すると、俺が脱衣所に着いたぐらいでリビングから「え!?」と今日一番の大声が聞こえてきて、思わず笑ってしまった。
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