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深夜のスイーツパーティー

「甘いものが食べたい」 深夜2時になろうかという所で、疲れた顔の名取(なとり)がそう言いだして思わず言葉を失ってしまう。 大量に出された課題を夕方前ぐらいからやり始め、夕食もそこそこに進めていれば、すべて終わった頃にはこんな時間になっていた。 「……え、っと」 名取がそんなことを言い出すのはすごく珍しい。もう深夜なのに?と聞きたくても驚きのあまり聞けなかった。 確かに夕食らしい夕食は食べていないが、あとはこのまま寝るだけの状態だ。仮に空腹だったとしても、そんな時間帯に彼が水以外の何かを口にする姿を見たことがない。 だから普段から気を遣っていることはよく知っていた。 「疲れた。マジで。甘いもの食いたい」 「……今? どうしても?」 「どうしても」 「うーん……」 「お前は来なくていい。一人で買いに行く」 「え!? いや、俺も行くよ。危ないだろ」 「は? 危なくねえよ、欲しいもんあるなら買ってきてやる」 「何があるか分かんないから、見に行きたいなと思って」 「……そうかよ」 良かった、納得してくれたらしい。 テーブルに広げられた課題をそのままにスマホと財布を持って立ち上がると、既に準備を終えた名取が玄関で待っていた。 黒いマスクをした彼はいつもより少しだけ冷たい印象を感じさせる。俺が近付いていけば、視線が自分に向けられているのに気付いたのか不思議そうな顔をしているのが分かった。 「お待たせ」 「べつに」 待ってない。それは音にならなかったけれど、言われずともそう続くのは分かっている。そういう所分かりにくいけど、優しいんだよな。 ふっと視線を逸らされて、緩んだ口元を見られなかったことに少しだけ安堵した。 玄関の鍵を閉め、階段を下りていく。どの音もいやに大きく響くように思えるのは気のせいじゃないはずだ。 時間が時間なのもそうだが、住宅街ということもあって辺りはしんと静まり返っていた。 だから余計に、空腹を訴える自分の腹の音が聞こえやすかったのかもしれない。鈍く低い音が自分の腹から鳴った。 「……俺も腹減った」 「ろくに飯食ってないしな。宇都峰(うづみね)お前よくあれだけで済ませたな」 「いや、名取が食べてないのに悪いかなと」 「俺に合わせる必要ないから。課題やってた時も鳴ってただろ」 「え、嘘だ、聞こえてたのか」 「……まあ」 「う……」 「気になんねーから好きな時に食えよ」 そんなやり取りをしているうちに到着すると、入店音と共に店員の気だるげな声がしてくる。どう返すべきか悩んでいたから正直助かった。多分これは平行線を辿るだろうから。 店内には俺と名取だけしかいないらしく、ゆっくり見られそうだと思いながらカゴに手を伸ばす。 「たくさん買うつもりはないけど……カゴ持っておこうかな」 「誰への言い訳だよ」 少々取り繕うように声をあげれば、名取がふっと笑って返してくれた。 一旦先ほどの話はこれで誤魔化しておくとして、目当ての甘いものを買うべくスイーツのコーナーへ向かう。 日中のように多くの種類は残っていないらしかったが、選んで買うくらいは出来そうだった。 「あ、これ美味しかったやつ」 「へえ。じゃあそれにする」 普段甘いものを買うことが少ない名取は、どことなく楽しそうに眺めていた。思わず口を挟んでしまえば、名取は簡単にそれを手に取って俺の持っているカゴの中へ入れた。 そんなあっさり決めてしまっていいのか。そう思ったものの、迷いがなさ過ぎて止められなかった。 「……これも、美味しかった」 「ならそっちも」 「え、いいの?」 「いい」 もしやと思って別のを指せば、それもまたあっさりと手に取ってカゴの中へ入れてしまう。 そうして自分の気になったものを最後にいくつかカゴに放り込むと、気が済んだのか俺の方を見た。 「ま、待った名取」 「ん?」 「せめて……あー、二つ減らさないか?」 「いやだ」 「!?」 む、とした表情をしたのがマスク越しでも分かる。名取は眉をひそめてゆるく首を振った。 空腹と疲労で普段ストッパーをかけていたのが外れてしまっているんだろう。かなり前に暴飲暴食するタイプだ、と話していたような記憶が薄っすらとある。 「食べるから入れとけ」 「でも名取」 「うるさい」 「名取~~後で困るのお前なのに……」 「困らない。明日から筋トレと走る距離増やしてなんとかする」 なんだ、完全にストッパーが外れているわけではなかったらしい。 それならまだ、と思いつつそれとなく機会を伺っていたランニングの同行を持ちかけてみる。 「俺も行っていい?」 「構わねえけど……」 「行ってみたかったんだよね」 「?」 あ、その顔は何も面白いことないぞ、の顔だな。 俺にとっては面白いから名取が気にする必要はないんだけど。 「あと、半分こして? そしたら全部食べられるだろ」 「……ん、分かった」 少し間があったのは、やっぱり多少なりとも食べ過ぎではないかと葛藤があったからなのだろう。 スイーツの入ったカゴを持って会計に向かえばそれなりの値段になっていて、名取が一瞬固まったのは見逃さなかった。 二人で食べた分を消費できるくらいは彼のランニングについていこうと勝手に決めて、深夜のコンビニを後にするのだった。

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