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どうか、受け取らないで

三年にあがり宇都峰(うづみね)とクラスが離れてからは、昼休みになると別棟の小さな休憩スペースに集まって昼飯を食べていた。 教室と違ってこっちは誰かの椅子を借りるだとかの気を回す必要もなく、人が殆ど来ないのもあって静かに過ごせるからお互い気に入っている場所だ。 四時間目の授業が少し早く終わった俺は先に座って宇都峰を待っていたのだが、アイツよりも前にやってきたのは同じクラスの女子だった。 「あ、あの……名取(なとり)くん、これ……宇都峰くんに、渡してほしい、です」 「……ごめん。そういうのは、受け取れない」 手渡されたのは淡い色合いの封筒。最初は何か分からなかったが、彼女の緊張した様子と、中身について触れない辺りでなんとなく察した。 宇都峰宛のラブレターなのだろう。自分からは縁遠いものだけど、流石に俺から宇都峰に渡すのは違う気がして、なるべくきつい言い方にならないよう気を付けながら断った。 彼女はショックを受けたような、困ったような表情を浮かべる。そして、何か言おうと口を開いた時。 「名取?」 「えっ、あ、あの、これ……!!」 タイミングが良いのか悪いのか分からないが、宇都峰がやってきてしまった。 彼女は慌てて俺に封筒を突きつけると、制止する暇もなく、そのまま宇都峰が来た方とは反対側へと走って行ってしまう。 落とすのも悪いと思ってしまったからか、咄嗟にそのラブレターらしき封筒を受け取ってしまった。 「はあ……」 「……ごめん、邪魔した?」 「いや……」 どうするんだ、これ。 無意味にひっくり返してみたけれど表も裏も封筒には何も書かれていなかった。名前、中身には書いてあるんだろうな……。 宇都峰に渡すべきなのか、どうか。彼女の元まで返しに行くこともできる……が、あんまり気は進まない。 「昼休み終わっちゃうよ、名取。飯食お」 「あ、おう……」 ひとまず封筒を汚れないように空いた椅子へ置いて持ってきた弁当を開ける。眺めていても手紙は無くならない。 さっきまで腹減ってたはずなのにこの手紙のことばかりが頭の中を占めていて、食べているのか空腹を満たせているのかも曖昧な感じがしてきてしまった。マジでどうすんだよ、これ……。 咀嚼をしながらひっそりとため息をついて、宇都峰の方へちらりと視線を向けてみれば、運悪く視線が合ってしまった。 「なに?」 「……いや、なんでも」 「なんでもないって顔じゃないだろ」 「……」 「さっきの子。名取と同じクラスの子だよな」 「は? あ、ああ……そうだけど」 「名取のこと好きだったんだなあ。今までそんな素振りなかったのに」 笑みを浮かべた宇都峰が見当違いなことを言い出して、すぐに言い返すことができなかった。 敢えてそうしているのか無自覚なのかは分からないが、宇都峰はどことなく自分に向けられている感情に疎い部分がある気がする。 ていうか、そんな素振りってなんだよ。なんで同じクラスって知ってるんだ。コイツどこまで見てるんだよ。 「は……あ、いや、違う」 「違うってなんだよ? それ、貰ったんだろ」 「これは俺のじゃねえよ」 「名取のじゃない? そんな嘘つく必要ないだろ、別に隠すことでも」 「嘘でも隠してるわけでもねえ。お前宛のだよバカ話聞け」 「は?」 「勝手に誤解して話進めんな。宇都峰に渡してほしいって言われて、受け取れないって断ったんだよ」 結果的に受け取ることにはなったけど。 ぽかん、とした宇都峰がだんだんと理解していったのか視線をうろうろと泳がせる。 あー、と言葉にならない音を発しながら顔を片手で覆うと、消え入りそうな声でやっと絞り出した。 「なんで、名取に」 「俺が知るわけねえだろ」 「そ、っか……いや、うん……そうだよね」 「仲良いと思ってたんだろ」 「えッ」 「あ?」 「い、や、うん……よくクラス行くしね、俺……」 「……? なんだよ、お前……妙に歯切れ悪いな」 嬉しいような、困ったような、感情の入り混じったなんとも言えない表情をした宇都峰が乾いた笑いを零す。 指の隙間からちらりと覗いた顔はどことなく赤らんでいて、その理由も妙に歯切れが悪いのも分からなくて、自分で訝し気な表情になるのが分かった。 「あー、えーと……なんか、あー……」 「さっさと言え気持ち悪い」 「名取がさ、告白受けたら一緒に飯とか食えなくなるな~って……」 「……で?」 「結局それは俺の、で……しかも断ってくれてて……それなのに、誤解して強く言っちゃったかな、でも、仲良いと思って貰えてたんだな……みたいな、さ……」 「…………」 「っていう……言い訳、を……」 「黙れもう」 宇都峰が理由を話し続ければ続けるほど顔を赤くしていく。それを見て話を聞いていた俺まで恥ずかしくなってきたのか、はたまたうつったのか顔に熱が集まっていった。 二人して顔を赤くしながら昼飯を食べていて、ものすごく奇妙な空間が出来上がってしまう。 「お、俺から手紙は受け取ったって伝えておく。今後名取を巻き込まないで、とも言っとく」 「……ん」 「マジで、ごめん……手紙のことも、さっきのことも……なに言ってんだろうな俺」 「……マジで喋んな」 「ごめん」 いつもは弾む会話もほとんどなくて、いっそ気まずささえ感じる。宇都峰も俺も未だ顔は赤いままだろう。 さっきコイツが言ったことは立場が変われば俺にも言えることだ。もしも宇都峰に相手ができれば、ただの友人程度の俺は後回しになる。 ……そういえば、ラブレターの返事はどうするんだろう。受けるのか。コイツに限って、よく知りもしない相手と恋人になることはしないような気がした。 しかし、そこまで考えて、とうとう食べていた弁当の味は少しも分からなくなってしまった。

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