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ぼくの知らない夏のきみ

「夏祭り?」 「そう。宇都峰(うづみね)も行かない?」 移動教室から戻ってくる途中、クラスメイトにそう声をかけられて少し逡巡した。 夏祭り。そういえば、久しくそういうものに参加していないかもなと思い至る。 「行きたい」 「お、マジ? 何人かに声かけてるから、お前も誰か誘って。名取(なとり)とか」 「名指しかよ。……分かった、誘ってみる」 「日程とか場所はまた連絡するわ」 確かに誘うなら名取しか思い浮かばなかったけれど、まさか名指しされるとは。 隣の席になってから一番話しているのは名取だし、周りもそれを知っているから必然といえばそうだけど。 教室に戻ってくると、昼休みということもあって随分と賑わっている。先に戻っていた名取は自席でスマホを眺めていた。 「名取、夏祭り行かない?」 「夏祭り?」 「さっき誘われたんだけど……名取もどうかなと思って」 「別にお前が誘われてんだから、わざわざ俺が行く必要ないだろ」 「何人かに声かけてるらしくて、誘っていいって言われたから」 「……いい。つか、日程も分かんねえのに予定空けられない」 *** 結局、日付が分かって共有しても名取は頷いてくれなかった。 悩む素振りは薄らと見えたけれど、最終的に予定ができたとかで断られてしまって、引き下がるしかなかったのだ。 そうして迎えた夏祭り当日。夏休みに入ってしばらく経った頃の開催だからか、久しぶりに会うクラスメイト達は日焼けしているやつも何人かいて、夏を満喫してるなあと思ってしまった。 自分はと言えばそれらしいことなんてこれぐらいで、課題の復習をするか、図書館で読書するか、アルバイトしかしていない。 夏祭り以外に予定がなかったというのが全てなんだけど。なんていうか、寂しい高校生の夏休みだな。 わあわあと騒がしくなりながらもやっと全員集まると夏祭りの会場へと入っていく。知らない内にこんなに大人数になっていたとは。 屋台が並ぶ道をああでもないこうでもないと話しながら歩いていき、途中で食べ物を買って、広い会場を進んでいけば……。 「……完全にはぐれたな」 ぽつりと呟いても誰も気にしない。それぐらいに騒がしくて人が多く、一度波から外れると戻るのが少々困難に思えるくらいには密集している。 この会場は名取の家の近くじゃなかったかという話を聞いてから何度も辺りを見回してしまって、そうしている内に気が付けば周りには誰もいなかった。 幸いなことにスマホがあるので合流自体はそう難しくはないだろうが、いかんせんこの人の多さと会場の広さで集合場所を指定されてもたどり着けなさそうで。 迎えに来てもらうのが確実なのだろうけれどあの大人数ではなかなか難しいだろうな。ひとまず道の端に寄って一息つくと、人込みの中に見知った顔を見つけてしまった。 ……名取。名取がいる。誰かと一緒に来ているんだ。誰だろう、俺の知らない顔だ。 家が近いのだとしたら小中の友達とか?その可能性が高そうだな。……あ、笑った。名取って、あんな楽しそうな顔するんだな……俺は見たことがないけれど。 そう思うとなぜか寂しくなってしまって、その場から離れようと背を向ける。 「宇都峰……?」 こんなにも周りはうるさいのに、しっかりと名取の声を拾い上げてしまう自分に笑えてくる。 無視することもできなくて振り返れば、さっきよりもずっと近くにいる名取がこちらを見て少し驚いた顔をしていた。 「名取も来てたんだ」 お願いだから気付かないでくれと願いつつ、どうにか取り繕って出した声はどことなくぎこちない。 名取が気まずそうに視線をうろつかせて、理由を探すように「あー……」と声を漏らした。 「まあ、家近いし……誘われて」 「そうなんだ」 「……お前、誰かと来たんじゃなかったの」 「気付いたらはぐれちゃってて」 「広いしな、ここ」 「うん」 久しぶりに会う名取とはあんまり視線が合わない。多分、俺が誘ったのを断って別の誰かと来ているからだろう。 それ自体は俺にとって少しも問題じゃないんだけど、そんなの名取が知るわけないしな。……俺は全然知らない名取の姿に、なぜだかもやもやとしているだけなんだ。それこそ知るわけないけど。 「分かりやすい所まで連れてってやるから、そのあと合流しろよ」 「名取も誰かと来てたんだろ? 別にいいよ」 「うるせー、いいから来い」 色々と考えたり言い合うのが面倒になったのか、それとも視線を合わせずに済むと考えたのか。名取は俺の腕を引っ張って前を歩き出した。 すいすいと人にぶつからないように前を進む名取の背中を見つめながら、随分と慣れているななんて思っては自分で自分の傷を抉ってしまう。 そもそも、なんで俺はこんなこと考えてるんだろう。 「名取」 「なんだよ」 「……来年、一緒に夏祭り行かない?」 流れてすれ違っていく人達は皆楽しそうにしていて、それなのに俺はあんまり相応しくない暗い顔をしていた。思えば今日、始まった時からずっと楽しかったのかは分からない。今もそうだ。 だけど、俺の腕を引いて歩く名取はやっぱり俺の知っている彼で。 そう思えば、唐突に見せられたから驚いただけで、俺の知らない名取なんて居て当たり前だと気付く。変に考えなくたって、友達なんだから好きに声かければいい話だった。 「は……」 「今日はもう無理だろ。それに夏祭りがやるなんて知らなかったし」 「なん、で」 「え? 俺が名取と行きたいから。それ以外ないだろ」 「……ッそうかよ」 「で、返事は?」 名取の声が一瞬詰まったのを聞き逃さなかった。正面を向いたままの彼は、一体どんな顔をしているんだろう。 まさか来年の予定を決めることになるだなんて思わなかっただろうな。驚いているのかも。 「べ、つに……いいけど」 「なに? 聞こえない」 「は!? いいッて言ってんだよ!!」 いつもの調子を取り戻したのか名取の強く明るい声が返ってくる。ああ、よかった、今度は断られなかった。 そう思うとドッと疲労みたいな何かが襲ってきて、ばくばくと心臓が大きく脈打っているのが分かる。 「じゃあ決まり! 俺との約束忘れないでよ」 「忘れるかバーカ! お前こそ忘れんなよ!」 名取は最後まで決して振り返らなくて、いつもなら……さっきまでなら、もやもやとして変に寂しく思ったりしてしまったんだろうけれど、今だけはものすごく有難かった。 自分の顔が酷く熱かったからだ。辺りが薄暗いのもあって、周りの人達もいちいちこちらを気にはしないだろう。 なんでこんな、遊びに誘う程度で緊張してんだろう。多分、自分の知らない名取ばかり見せられたからだ。……この理由も正直よく分からないけれど、そうとしか思えない。別に普段はこんなに緊張しないんだから。 「名取」 「今度はなんだ」 「……次、来るときは案内よろしく」 「は、当たり前だろ」 やっぱり今から一緒に回らないか、と言葉にしようとして、そう思った自分に酷く違和感を覚える。 さっきまであんなに緊張していた癖に。一緒に来てるやつらがお互いにいるんだからそもそも無理だろう。何とか違う言葉を捻りだして名取の背中をじっと見つめた。

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