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ふたりぐらしのよる
夏休みに計画した毎年恒例の旅行に向けて、俺と宇都峰 は短期のアルバイトを少し前から始めた。
今日は特に忙しく、普段ならあがっているはずの時間をとうに過ぎて、先ほどようやく退勤してきた所だ。
お互いに疲れ切っていて会話もそれほどない。帰宅すら面倒に思えるほどで身体は酷く重たかった。
「あー……疲れた、マジで」
「よく回したよな、あの人数で」
「ね」
スマホで時間を確認してみれば、終電ギリギリとまではいかないにしろ家に着く頃には日付を超えてしまいそうな時間帯で、思わずため息をつく。
隣を歩く宇都峰にも当然聞こえたのだろう、同じく時間を確認すると「うわ、こんな時間か」と声を漏らした。
「……」
「名取 、うち泊まってく?」
「……いや」
「さっきの間は家に着いたら日付越えてるな、の間だろ」
何を今更気にしてるんだよ、と笑う宇都峰。確かにその言葉通りお互いの家に何度も泊まっているし、着替えや私物なんかも置いている。
コイツらしいと言えばそうだが、疲れてるんだからわざわざ家に誰かをあげたくはないだろう。だから最初からその選択肢は頭に無かった。
「そうだけど。お前だって疲れてんのに、色々させたくない」
「疲れてるけど、それはそれ。名取だって俺と同じことする癖に」
「……」
「はは、図星だ」
「うるせえ」
「コンビニ寄って飯買ってかえろ?」
「助かる」
普段なら別れる道を一緒に進み、途中のコンビニで買い物を済ませて宇都峰の家へと向かう。
近所に唯一あるという小さなスーパーマーケットはとっくに閉まっている時間帯らしく、前を通ればシャッターが閉まっているのが見えた。できればこっちで買い物をしたかったが、いつも通りの時間に退勤していればこちらへ来ることも無かったのだ。仕方がないだろう。
じっとりとまとわりつくような気温に顔を顰めながら、先ほど買ったばかりの商品が入ったビニール袋を持ち直した。
***
宇都峰の家へ着きお互いにシャワーを済ませると、やっと飯を食べ始める。気付けばもう日付を超えそうな時間になっていた。
それでも自分の家に帰るよりはずっと早い夕飯で宇都峰の申し出に改めて感謝する。
「なんか適当な動画流していい?」
「好きにしろ」
「見たい訳じゃないんだけどさ……音が欲しくて」
俺たちの話し声に少し負けてしまう程度の音量で動画を再生すると、宇都峰はタブレットをテーブルの端の方に置いた。
帰りにコンビニで買ってきた商品をいくつか広げると、一人用のテーブルは殆ど埋まってしまう。それでも大きい方だとは言っていたが二人分は厳しい。
「そういや、柔軟剤変えたのか」
「変えたというか、いつも使ってるのが無くて」
「ふうん」
「あの香り嫌?」
「べつに。いつもと違うなと思ってた」
「……買いなおすつもりだから」
「使い切ってないのに?」
「だって、ちょっと不満そうだったし」
そんなに声に出ていただろうか。自分では普段通りだと思っていたが、宇都峰からすればどうもそうではないらしかった。
伝えた通りいつもと違う、程度に思っただけで不満というほどではない。意図的に変えた訳でも無いのに……というか、人の柔軟剤にケチをつけるのは違うだろう。
「不満じゃねえよ。好きなの使え」
「俺はあれが好きで使ってたからね」
「そうかよ」
「丁度いいや、名取の化粧水も無くなりそうだったし明日買いに行こう」
「……そんなすぐ必要なもんか?」
「必要だよ」
「後でいいだろ。どうせ俺は明日帰るし」
「え、帰るの?」
「帰るだろ。三日同じ服は嫌だ」
まさか帰るとは思っていなかったのか、心底驚いたらしい宇都峰が少し声を大きくする。
明後日の授業の準備もしなければいけないし、仮に泊まるとしたって着る服がない。どの道一度帰らないと無理だ。
「俺のは?」
「はあ? 部屋着ならまだしも、流石に無理だろ」
「オーバーサイズってことでなんとか」
「なんでそんな引きとめんだよ」
「……いや、なんかいいなって」
「なにが」
「名取と暮らしてるみたいでいいなって」
「……あ?」
「一緒に帰ってきて、シャワー浴びて、飯食べて……生活用品のこととか、なんでもないこと話してさ。……あのさ、一緒に暮らさない?」
「は、」
嬉しそうに口元を緩めた宇都峰が、柔らかな声で幸せそうに言い出した。突然の申し出に言葉が出てこなくて、やっと吐き出したのは短い吐息交じりの声だけ。
なんで、急に。そんなことを。一体どこでコイツの変なスイッチを入れてしまったんだ。
「社会人になってからも、こういうこと出来たらいいなと思って」
「……冗談だろ? 宇都峰、そういうことは疲れてない時にきちんと考えて……」
「本気だけど、俺」
「……」
薄らと笑っている宇都峰の言葉に偽りは無いと分かる。目は口程に物を言うとはまさにこのことだ。器用にも真剣な目をしていた。
……俺はといえば、酷く困惑した表情をしているだろうと自覚がある。なんと返すのが正しいのか分からなくて、やっぱり言葉に詰まってしまった。
「今もほとんど似たようなもんだけど、冗談で終わりにはしたくないな」
「……はぁ。考えて、おく」
「良かった」
渋い顔をした俺とは対照的に宇都峰は嬉しそうに笑っている。
本気だということは十分伝わったが、一緒に暮らしてどうするんだという気持ちがあるせいで素直に受け止められなかった。
以前に比べて宇都峰との距離は物理的にもかなり近い。だけど、結局本心が一向に見えないままだ。俺は不用意に自分の想いを伝えたくはないし、もしも宇都峰が俺に向ける感情と俺が宇都峰に向ける感情が違うのなら、自分はもちろんのこと宇都峰のことも傷つけてしまう可能性がある。
「ん、動画終わってた」
タブレットを手に取った宇都峰は普段通りの様子だ。さっきあんな発言をしたとは思えない。明らかに折れたと分かっているだろうが、それでも一度は納得してくれたようで安心した。
……仲の良い友人と暮らすのはきっと悪くない。そうじゃなきゃ、今だってこんなことになっていないはずだ。だからこそ、自分の宇都峰に対する想いが邪魔をしていた。
「次、そっちのホラーがいい」
「えッ」
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