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くちどけ
炎天下の中スマホを頼りに訪れたお店は、ピーク前だったのか案外すんなりと入ることができた。
少し前に名取 が「かき氷食べたいな」と呟いていて、そういえばお店のかき氷って食べたことがないなと思い至ったのもあって誘ってみれば快諾してくれた。
来るまでに相談して注文しようとしていたのは苺が沢山使われている、いわゆる定番のかき氷。レビューを参考にしたサイトでも目立っていたのはこれだった。
だけど実際に来てメニューを見てみれば他にも美味しそうなものが沢山並んでいて、二人で半分こするのをやめて俺と名取で一つずつ頼むことになった。
店員の「お待たせいたしました」という穏やかな声が聞こえ、大きなトレイが目の前に置かれる。名取は苺のかき氷、俺はティラミスのかき氷を頼んだ。
「うわ、美味そう……」
「写真撮っていいか?」
「いいよ。……あ、俺撮ろうか?」
「……いい、なんか、嫌だ」
「なんか嫌だって何だよ」
それに対する返答は無かったけれど、恐らく恥ずかしいとかそういうことなんだろう。別に俺は気にしないのにな。カメラ越しの名取も可愛いに決まってるはずだ。
む、としながら名取の方を見ていれば器用にもかき氷と自分の姿をスマホのカメラに収めている。何枚か撮影すると納得がいったのか、テーブルの端に伏せてスマホを置いた。
「悪い、待たせた」
「名取」
「ん?」
ふっと顔をあげた瞬間の名取とかき氷を一緒に撮影する。少し伏し目がちになりながらこちらを見る名取が映し出されていた。……うん、やっぱりいい。
すぐに何をされたのか理解すると、目の前にかき氷があったからか、ぐっと拳を握りしめて座りなおす。立ち上がって俺のスマホを奪おうとしたかったのだろうな。
「この写真送ろうか」
「送って消せ」
「え? 送るのはいいけど消すのは嫌」
「ッ……はぁ、もう、好きにしろ」
「うん、ありがとう」
手早く名取に先ほどの写真を送るとちらりと確認してまた伏せる。
じろりと睨みつけられたけれど何を言っても効かないと分かったのだろう、かき氷も溶けてしまうし、彼はスプーンに手を伸ばした。
俺もそれに続いて、いやに細長いスプーンを持つ。
「ん、うま」
「こっちもおいしいよ。食べてみる?」
「いいのか?」
「どうせなら食べ比べてみたら?」
「なら、宇都峰 もこっち食えよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
名取が腕を伸ばしてティラミスのかき氷をすくっていく。前かがみになった時にちらりと見えた鎖骨の辺りはやっぱり白くて、ぼうっと見つめてしまった。日焼け対策はいつでも万全らしい。今日も日傘差しながら来たし。
「ん」という彼の感嘆の声に引き戻されて、俺も苺のかき氷を少し貰うと、爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。
「ティラミスもいいな」
「でしょ? やっぱり苺もおいしいね」
「なんとなく定番って感じがあるよな」
「確かに。夏祭りの屋台でもあるし」
「そういや、あのシロップは同じ味って散々聞いたな」
「香りだけ違うみたいな感じだったっけ?」
他愛もない話をしながらかき氷を食べすすめる。内容が合っているのか間違っているのか、そんなことはどうだっていい。あとで間違っていたと分かれば笑い話になるだけだ。
……会話こそしているけれど、時折名取の口元に苺のソースが薄らとつくから、思わず視線を向けてしまって訝し気な顔をした彼と目が合う。
「……んだよ」
「いや」
口元を手で隠した名取がごくん、と咀嚼していたかき氷を飲み込む。俺が何と誤魔化そうか必死に考えている間も、じとりと睨むような視線が向けられていた。
名取は紙ナプキンで口元を拭うと唐突に小さく口を開ける。べ、と舌を出すと自分でも確認したのか再びこちらを向いた。
「ん……べつに赤くないだろ」
「そ、そうだね……」
「屋台のもんじゃねえし……宇都峰?」
「うん……いや、あのね名取……」
思わずため息をつきかけて、すんでの所で飲み込む。……突然のことに一瞬理解が追い付かなかった。
冷や汗なのか脂汗なのか分からないが、じとりと背中に汗が伝っていくのが分かる。
「あ?」
「次からはそれ、しないでね」
「?」
「びっくりするから」
「……ああ?」
多分納得していない。俺の言っている意味がよく分かっていないといった風だったけれど、とりあえず頷いてくれた。
未だ不思議そうにしている名取は一度止めた手を動かしてかき氷を食べ始めている。ばくばくとうるさい心臓を鎮めたくて、俺も目の前のかき氷に手をつけた。ペースをあげればキーンと頭に刺さるような痛みが走るが、いっそ今はこの痛みがありがたい。
「さっき俺が撮った写真使ってよ」
「は? ……まあ、別にいいけど」
「見に行くから」
「いつも見てんだろ」
ふ、と笑った名取の目元には苺のかき氷に合わせた赤いアイシャドウが引かれていた。
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