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ひと夏の残り火

少し遠出して花火大会へ行くことになった。 珍しく二連休になったからと宇都峰(うづみね)が嬉々として声をかけてきたのだ。その申し出はすごく嬉しかったけど、せっかくの休みに遠出させていいのかと悩んでいれば「久しぶりに名取(なとり)と行きたいんだけど……」と後押しをされてすぐに頷いた。 言われてみれば夏祭りも花火大会も学生の頃に行ったきりでここ数年は行っていなかったはず。夏の終わりも近く花火大会もそう簡単には行けなくなるだろうし、いい機会かもしれないと切り替えた。 「当日、そんなに暑くないみたい。少し早めに行って屋台回らない?」 「そうするか」 スマホを片手に天気予報を見ていた宇都峰が、どこか嬉しそうに言いだす。花火大会当日は天気も良く比較的涼しくて過ごしやすいらしい。どうせ行くならそれらしいことはしておきたいと思って同意した。 遊びに行くのにあれこれと相談したり計画を立てたりすることすらも久しぶりで、なんとなく懐かしい気持ちになる。 そうして当日は電車を乗り継ぎ、打ち上げが始まる二時間ほど前に会場へ到着し、広い会場に数多く並ぶ屋台を回り始めた……所までは、良かったんだけど。 「ごめん、ちょっと電話出てくるね」 「ん、ここにいる」 それに頷いて宇都峰が会場の外へ、静かな場所を探しながら離れていった。 気付けば日が落ちて辺りは暗くなっている。屋台を回り始めてしばらく経っており、あと一時間もしないうちに花火の打ち上げが始まるはずだ。花火は少し遠い位置から見られれば良いと宇都峰が言っていたから、見る場所の確保なんかは初めから気にしていない。多分、夏祭りや花火大会に行けるならどこでも良かったんだろうな。 祭りということもあって辺りはどこも騒がしい。宇都峰はどこまで行ったんだろうな、と思っていればようやく会場へ入ってきたアイツの姿が見えた。……やけに、暗い顔をしている。 「……名取ごめん、お待たせ」 「どうした」 「え?」 「何かあったろ」 「……え、っと」 「言え」 一度深く息を吸い込んだ宇都峰は、一緒に吐き出すようにして「明日仕事になっちゃった」と言葉を続けた。その表情はどこか疲れていて、俺を見ているようで見ていないような遠い目をしている。いやに強制力を持っているその一本の電話とやらは、コイツが大学を卒業してから勤めている会社からのものだ。 宇都峰から話を聞く限り所謂ブラック企業と呼ばれそうな条件をいくつも揃えているのだが、一年は続けたいとか言って仕事を変えようとはしない。そう言ってもう二年目に入った所だ。変に忍耐力と頑固さを備えているせいで、こんなことになっているんだろう。 「ごめん」 「謝るな。……帰るぞ」 「でも」 「別にいい。夏祭りだの花火大会だのはいつでも行ける」 「……名取は?」 「あ?」 「名取は、来てくれる?」 「いくらでも行ってやる」 どこかほっとした表情を浮かべた宇都峰が「また来年来よう」と言って笑った。俺はそれに黙って頷く。その笑みは疲れを滲ませているような気がした。 (……また言えなかった) 会場の出口を目指して歩きながら、モヤモヤした思いが渦巻いていくのが分かる。……イベントごとなんかはいくらでも先延ばしにできるが、コイツのことは先延ばしにはできないのだ。 それなのに一度目にそれとなく断られたのもあってか、なかなか言えずにいた。本当に続ける価値がある仕事なのか?お前が身体を壊してでも?そう詰め寄ってしまえればいいのに、就活していたのを見てきたから、希望していた会社に入れたんだと喜んでいた姿を知っているから、あと一歩が踏み出せない。 「何か買って帰る? あんまり食べてないよね」 「……ああ、そうするか」 関係は戻ったが距離感は変わっていない。それどころかほとんど同居しているようなもので、宇都峰の家に通う頻度は大学生の頃よりもずっと多くなっていた。自分の仕事を済ませて、宇都峰の家で家事をして帰りを待つ。様子こそ見られるが、言ってしまえばそれだけだ。引き留めて、仕事を辞めさせるだけの力はない。 出そうになるため息を飲み込めば、電車の窓の外、流れていく夏の夜景に紛れて花火があがるのが見えた。

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