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いつかの正夢

シャーペンがノートをすべり、蛍光色のマーカーがそれらをなぞる。時折ページをめくる音がし、すべての音が一度止まってはまた進んでいく。それの繰り返し。 期末試験を控えた俺と宇都峰(うづみね)は教室に残って勉強をしていた。今日は午前授業ということもあって時間はたっぷりとある。宇都峰から声をかけられた時はどこかの店でやるのかと思っていたが、学校でと言われて今までになかったことに少々驚いた。なんだかんだと時間のかかる移動や席の確保を考えなくていいのは楽かもしれない。 「名取(なとり)のノート綺麗だな」 「……そうか?」 前後の席をくっつけて、向かい合う形で勉強をする俺たちの間に会話はほぼない。時折分からない部分を補いあって、小休止の際に一言二言話すくらいだ。そこに気まずさは一切ない。どこか気の重い勉強も、誰かと一緒なのもあって普段よりやりやすく集中が続いている感じがする。 ふと宇都峰の方へ視線を向けると動きが止まっていた。視界の端に映っていた手元の動きがしばらくなく、少し気になってしまったのだ。会話がないとは言え静かな教室では互いの身じろぎの音ですら耳に入ってくる。 俯いているから顔までは見えないが、そんなに難しい内容でもあったのか。……それにしてはあまりにも長すぎるような? そう思って耳をすませば、小さく寝息が聞こえてくるのが分かった。ああ、どうりで。そう納得すると共に随分と器用に寝ているなと感心してしまった。微動だにしないこの体制は、授業中に眠るにはぴったりだろうな。 「……名取」 「!」 うたた寝する宇都峰が寝ぼけた声で俺の名前を呼ぶ。まさか呼ばれるだなんて思っていなくて心臓が跳ねた。それはいやに優しくて、よく知っている宇都峰の声だというのに聞きなれない音をしている気さえしてしまって。本当に自分の名前が呼ばれていたのかと疑った。 ……夢でも見ているのか。そうだとして、一体どんな夢を? 「ん……」 起こして問い詰めるのが正解か?それともこのまま放置して起きるのを待つべきか?……いや、そもそも俺の名前を呼んだことなんて覚えてるわけがない。ただの寝言に、何を。 そこまでたどり着くと、呑気に寝ている宇都峰に対して腹が立ってきた。さっさと叩き起こしてしまおう。 「おい起きろ宇都峰」 「……いてっ、ん、あれ……?」 ぱちん、と額の辺りを指先で弾けば宇都峰が寝ぼけ眼でのろのろと顔をあげた。少しぼうっとした後、ようやく自分が寝ていたことに気が付いたのか眉を下げて困ったように笑う。 「寝るな」 「ごめん……」 宇都峰はまだ寝ぼけているのかシャーペンを揺らしながらどこかを眺めている。俺が止めていた手を動かし始めると、盛大にため息をついて今度こそ机に突っ伏してしまった。 「おい」 「うん、もう寝ないよ……はあ」 「そんなにいい夢だったのか」 「……なんで」 くぐもった声が気まずそうに発せられる。どうやらその反応を見るに正解らしい。気にならないと言えば嘘になるが、一体どんな夢を見ていたのかは教えてもらえないだろう。 「なんとなく」 「俺、へんなこと言ってなかった?」 「いや」 別に本当のことを言ってしまっても良かった。そうして問い詰めれば夢の内容を聞き出すこともできたかもしれない。 だけどそうしなかったのは単なる優しさだったのか、臆病だったからなのかは自分でもよく分からなかった。宇都峰が安心したように息をついて、再び机に顔を伏せる。 俺は決してそちらを見ず、教科書の文字を目で追った。 (名取と一緒に生活する夢を見たとか……絶対誰にも言えない。あんなの現実になるわけないだろ……ああ、そうか、だから夢なのか)

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