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昼と夜のあいだに

「そういえば来週祝日あるね」 「……ああ、そういえば」 ふと思い出したのか宇都峰(うづみね)がそう口にする。 言われてみれば確かに、カレンダーには赤い文字で書かれた日付がぽつんとあった覚えがある。どうせなら土日の前後で連休にしてくれれば良いのに、と思うものの今更文句を言ったところで祝日を動かすことはできない。 「秋分の日だって」 「ふうん」 何度も耳にしていて名前こそ分かるが、その祝日が何のためのものなのか、どういう理由でできたものなのかは知らなかった。分かりやすい名前のものならまだしも、ただ秋分と言われてもすぐには分からなくて。結局ただ祝日であるということだけを頭に入れて今に至っている。大半の人間がそう、というのは少し主語が大きすぎるだろうか。 「昼と夜の長さがほぼ一緒になる? 秋の……節目の日? みたい」 大雑把で曖昧な説明を黙って聞き流す。どうやら宇都峰も気になったらしかった。ちらりとそちらを見ればスマホを操作していくつかのページを見ているのが察せられる。とは言え、説明をしっかり全て読むほどではなく斜め読みをしているのだろうということはすぐに分かった。 覚えていたら今日の夜寝る前にでも詳しく調べてみようと「秋分の日」の単語を頭の隅に置いておくことにして、次に来るであろう宇都峰からの問いかけを待つ。 「名取(なとり)は昼と夜なら、どっちが長い方がいい?」 「昼。夜はあんま活動したくない」 「名取らしい」 予想通りに投げられた質問に答えれば宇都峰は満足げに笑った。何度もお互いの家で過ごしたり、旅行へ行ったりしていれば流石に分かってくるだろう。夜はさっさと寝て、翌日から行動する方がずっといい。……のだけど、宇都峰は終わらせるか区切りがつくまで事を進めてから寝るタイプだ。睡眠時間を削るのをやめろと何度か言ったことがあるが、癖はそうそう抜けないらしい。 「そういうお前は」 「俺は……昼かな」 少し間を持たせて答えた宇都峰は考える素振りこそ見せたが、答えが最初から決まっていた風に聞こえた。 てっきり夜だと答えると思っていたのに。そう心中で考えながらも先を促す。 「へえ。理由は?」 「その方が名取を独り占めできるだろ?」 コイツは何を。 不意に投げられた言葉が信じられなくて顔を上げてしまえば、宇都峰はこちらをじっと見ていた。 じりじりと、まるで日差しに焼かれるみたいに顔が熱くなっていく。冗談にしてはタチが悪くて、すぐに視線を逸らした。 「……」 二人だけの空間を奇妙で不自然な無言の時間が過ぎていく。ほんの一瞬のことだ。 大学終わりに昼飯を買って俺の家に集まり、授業の話を少しして。それから特にすることもなく、同じ部屋でそれぞれスマホを眺めていたはずだった。だけど、そうだ、昼と夜の話をし始めた辺りから視線を向けられているような気がしたのだ。 「……昼も夜も俺の時間は俺のものだ。お前のものなわけないだろ」 「少しくらい分けてくれてもいいのに」 冷静に。なんでもない風を装って。何バカなこと言ってんだ、コイツは。 そう念じながら言い返せば、ふっと吐息で笑った音が聞こえてきて心臓が締め付けられるように感じる。今もまだ向けられている視線が、声が、あまりにも甘ったるいような気がして、いたたまれなくなってしまった。 「うるせえ」 自分の部屋なのにここにいたくなくて、立ち上がって部屋を出ようとすれば背後で同じように宇都峰が動きだす。 「名取、どこ行くの」 「……いちいち言わせんなバカ」 決して振り返らずそのままリビングを抜けてドアを閉めきる。宇都峰は俺の返答で何かを察したのだろう、追いかけてくることはなかった。玄関まで向かう途中に風呂場やトイレがあるが、俺がどこへ行くかはアイツの想像に任せるとする。 どうか気付いてくれるなと願いながら足早に家を出て、日の沈みかけた道をあてもなく歩き始めた。 秋にしてはまだ強い夕日が突き刺さってきて、その赤さと強さに少しばかり感謝する。……顔の熱が引く頃に戻ろう。宇都峰が気付きさえしなければ、それくらいの時間は取れるはずだ。 「何が独り占めできる、だ。昼も夜も対して変わらないだろうが」

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