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暗がりのあわい

「休講のお知らせ……」 思わず口に出してしまった。 掲示板に貼りだされていたそれを横目に通り過ぎようとしたが、何か引っかかるものがあって立ち止まれば、自分に関係のある内容だった。 そんなメール来ていたか?とスマホを開いて見てみれば、割と早い時間に送られてきていたし開封済みになっている。多分、誤操作で見逃してしまったのだろう。 通りで……と深くため息をつけば、少し離れた所から「宇都峰(うづみね)?」と呼ぶ声がした。 「名取(なとり)……」 「何かあったのか?」 不思議そうにこちらを見つめる名取は、きっとこの事を知っていたのだろう。そもそも今日は予定があると聞いていたからまさかここで会えるとは思っていなかった。 そう考えればプラマイゼロどころか、かなりプラスじゃないか。彼と時間が合えば、このまま出かけられるんじゃ……。 「休講だって知らなくて」 「ああ……」 「名取は? 用事済んだの?」 「割と早く済んだ」 「……この後時間ある?」 「まあ、ある」 「映画見に行かない?」 「急だな」 「平日の昼間だから、多分空いてるよ」 「……分かった」 少し考えて頷いた名取の横に並べば、彼はスマホで上映スケジュールを見ていた。良かった、今日が休講だって知らなくて。 偶然にも重なった不運と幸運に感謝しつつ移動中に見たい映画と上映時間を相談していれば、あっという間に目的地までたどり着いていた。 *** 俺たちが選んだのは、公開されてから一ヶ月ほど経過している映画。 話題のものだったが公開から時間が経過し平日の昼間ということもあり人はまばらに入っている程度で、難なくスクリーンの中央辺りに位置する座席を選ぶことができた。 座席に座り、購入したドリンクとポップコーンを手すり部分のホルダーに配置する。最後までポップコーンの味が決まらなくて、こっそりじゃんけんをして決めたのはちょっと子供っぽかったかもしれないと今更思い始めた。 「あ、この映画も見たい」 「来月からか」 「見に行かない?」 「予定空けておく」 映画の予告がいくつか流れ、上映中のマナーや注意事項が続いて映し出されると館内は静まり返り暗闇に包まれる。上映前だからとぽつぽつ会話をしていた俺たちも、どちらが言わずとも口を閉じた。 本編が始まるまでのほんの少しの間。眩しいくらいの映像の明かりすらもなくなって、完全な真っ暗闇になる。何の音もしない時間が数秒あったかと思えば、二人で選んだ映画がスクリーンに映し出されて上映が始まった。 ひじ掛けを挟んですぐ隣の名取はまっすぐ前を向いている。横並びに座ることなんて今まで何度もあって、今よりずっと近い距離にいることだってあるのに。こうして変に緊張しているのは俺だけなんだろう。 お互いの家で配信サービスを利用して映画を見たことは何度もあるが、名取と映画館で映画を見るのは初めてだった。理由がそれであれば良かったのに、緊張している理由は自分でもよく分かっていない。 「……」 映画を見ながら、時折名取の横顔を盗み見て。彼がじっと集中してスクリーンを見つめていることに一人で安堵する。 いつだって横顔くらい見られるのに。いつだって手を伸ばせば……ある程度は好きに触れられるというのに。 名取の邪魔をしたくなくて、せっかく見に来た映画の感想を言い合えないというのも何だか嫌で。それでも触れたいという思いがじわりと滲みだしてきてしまって。 偶然を装って指先で名取の手に触れてみれば、彼が少し大げさにびくりと震えたのが分かった。 「ッ……」 「……ごめん」 俺の声がちゃんと聞こえたかどうかは分からない。だけど、息を呑んだ名取が小さく「いや」と返してきた。決して視線がこちらに向けられることはなくて、それにひっそりと安心する。俺の意図に気付いているはずがないから当然だろう。 どうしてか、ものすごく遠くにいるようなもどかしさを覚えてしまったのだ。ほんの少し指先が触れた程度じゃ満たされはしなかったけど、これ以上は迷惑にしかならない。 俺は今度こそ中盤に差し掛かっている映画の方へ意識を無理やり引き戻した。

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