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秋冷を包む
これは服装を間違えたな、と電車に揺られながら確信する。
家を出た時は少し肌寒い程度に思えたが、歩いている内にどんどん体温が奪われていって、後悔し始めた頃には家からかなり歩いてきてしまっていた。要するに家に戻るのが面倒になってしまった。
そのまま過ごそうと腹を括り駅にたどり着けば、何人か自分と似たような服装の人を見かける。しかし、電車に乗り込んで車内をひっそり見回せば、殆どの人は長袖で秋らしい服装をしていた。つい昨日まで夏が長引いているかのような気温だった癖に。急に秋になるな。
まだ救いなのはオーバーサイズだから袖が肘辺りまであることだが、それにしたって、ぱっと見れば夏ものだというのは察せられるだろう。どうせ行きと帰りに寒いだけだ、別になんだっていい。
……なんだっていい、が。隣に立っている奴からの視線が鬱陶しい。朝は電車で合流して大学の最寄り駅で降りるのだが、満員電車なこともあって、その道中はいつもお互いに会話はしていなかった。隣に並ぶこともあれば、離れた位置でお互いを確認することもある。余裕があればトークアプリに通知が飛んでくるが、今日は少しだけ遅れがあったからかその余裕も無さそうで。
言葉が無いからか、余計に視線がうるさい。俺は人の気持ちを推し量るのも苦手だし、機微を理解するなんてことはもっと苦手だ。それでも、こういう時のコイツが何を言いたいのかはよく分かった。きっと改札を抜けた辺りで「名取 、俺の服着る?」だとか言ってくるんだろう。俺には分かる。着ねえよバカ。
最寄り駅に到着し、ドアが開くと乗客が波となって一気に外へ出ていく。俺と宇都峰 もそれに従ってホームを抜け、改札を通り、大学へと向かって歩き出した。
びゅう、と吹き抜けていった風が幾分か温まっていた身体の体温を容赦なく奪っていき、思わず身震いしてしまう。すると、俺の後ろを黙って歩いていた宇都峰がぱっと手首の辺りを掴んできた。
思いもよらない行動に随分大げさに肩を揺らしてしまって、振り返ることもできずにその場に固まる。
「やっぱり冷えてる。俺の服着て先に行ってて、何か暖かい飲み物買ってくるから」
これは、なんだ。大外れか?
服を着る云々は合っていたと言っていいと思うけど。いや、待った、コイツ何を言っているんだ。
とんでもない言葉に頭が勝手に受け入れたまま思考を止めてしまったらしい。理解するまでに随分と時間がかかってしまった。その短い無言を肯定と取ったのか、既に宇都峰は羽織っていたものを脱いで正面に立っていて、肩にかけようとこちらへ腕を回している。
俺はなんとかそれを押しのけるように片腕で止めて、目の前のお節介焼きを睨みつけた。
「いい。着るかバカ」
「でも」
「お前のでかくて無理」
「その方が」
「……ダセェから嫌」
「!」
今度は、びっくりしたように目を見開いた宇都峰が固まる番だった。その隙に腕の間から抜け出せば、心底ショックを受けたという顔をしている。それが何に対する感情なのかはいまいち分からないが、俺にだって嫌なもの……くらいは、ある。
「学校指定のジャージを借りるのとは、訳が違うだろ。いらん気を回すな」
「……名取にとっては、違うことなんだ?」
「あ?」
じわじわと宇都峰の表情が変わっていく。ついさっきまでの表情が嘘かのように、今度はにやけ顔をしてこちらを見つめていた。なんだ、その顔は。一体どういう感情から来てるんだよ。
訳が分からないまま宇都峰の次の言葉を待っていれば、足取り軽く俺の横に並んできた。どうやら答えを教える気は少しもないらしく、いっそ気味が悪いぐらいにっこりと笑って「早く行こう」と急かしてくる。まるで水を得た魚だ。
「これ以上冷えたら問答無用で着せるけど」
「ふざけんなよ」
別に着せられたって構わなかった。宇都峰の行動は純然たる善意であることは分かり切っていたのだから。それでも俺はその善意を真っすぐに受け取れないのだ。多少なりとも好意を抱いた自分が舞い上がると分かっていた。
コイツの行動を一々全部受け入れていたら確実に頭がおかしくなる。だからこそ、自分で決めた線を越えてこようとするならば蹴り返すしかなかった。
「今日は学食にしとく?」
「どっちでも」
「寒い中連れまわすのも悪いし、そうしよ」
「好きにしろ!」
「ごめんってば、もうしないから」
どうだかな。絶対にお前は「俺そんなことしたっけ?」とか言いながら、いつか同じことをしてくるんだから。
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