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画面の向こう、すぐそばの声

軽く深呼吸してから、スマホの画面に映し出されているライブ配信開始ボタンをタップする。もう何度もやってきたことだけど、未だに緊張するのはもはや仕方がないこととして受け入れた。 スマホスタンドの位置がなんとなく気に入らなくて調整しているうちに多くのコメントが飛び交い始めている。それを目で追いながら挨拶もそこそこにゆるく話し始めた。 時間は夜。深夜すこし前くらいのゆったりとした、明日のことをぼんやりと想像し始めるような気の抜けている時間帯。俺にとってはそんな時間でも、他の人にとっては全く異なるものだ。その一瞬でとても貴重な時間を割いてくれるのは、とてもありがたいことだった。 「いま何飲んでますか。……水飲んでる。レモン水作るのだるくて今日は諦めた」 俺が一つ投げれば、十以上は返ってくるそれを全て拾い上げるのは難しい。目についたコメントを読み上げて、それこそ友達と話すような距離感で適当に返す。それを繰り返しているうちに、気付けば一時間ほどが経過していた。話題は様々なものへ移り変わりながらあちらこちらへ飛んでいき、今は好きなものの話をしていた所だ。 「聞いたらなんでも教えてくれる? まあ、ある程度は。好きなものとか、俺が使って良いなって思ったものはなるべく共有したほうがいいかな、と」 自分がメイクを始めSNSに投稿するに至るまで、情報収集にものすごく苦労した。それを考えると知りたいと言われたら答えたくなってしまう。それなりに労力をかけて特定する奴もいるし、きっと藁にも縋る思いで見ている奴もいるかもしれない。単純に好きなものの話をするのが楽しいというのもあるけど、何度か熱烈なDMを貰ったこともあり、そういうものかと納得して話すようになっていった。 それに、自分の好きな誰かと同じものを使いたいという気持ちはかなり共感できる。 ふとそんなことを零せばコメントはかなり盛り上がっていて、普段使いのスマホにもいくつもメッセージが届いていた。まあいつも通りリアルタイムで見ているだろうというのは分かっていたが、そんなに引っかかる部分があったんだろうか。 「そろそろ終わる。おやすみ」 配信を終了する間際に目についたコメントは「にげた!!」というものだった。うるせー、逃げて悪いか。言えるわけないだろうが。ライブ配信が終了していることを確認すると一息ついて、いい加減先ほどから通知のうるさいスマホを手に取った。当然のように宇都峰(うづみね)からのメッセージが溜まっていて、それを確認しようとした所に電話がかかってくる。 「お疲れ、名取(なとり)」 電話口の宇都峰はいつも通りの声で、俺に聞きたいことなんてないといった風だった。最初から目的が分かっている以上、だらだらと関係のない話を続けさせる気はない。 配信が終了した後にかけてきているのだから、十中八九俺の想像通りだろう。別の目的があるならわざわざ電話はしてこないはずだ。 「で?」 「……さっさと本題に入れって?」 「そうだよ」 「さっきの……その」 メッセージを送ったり電話をかけてくるだけの勢いはある癖に肝心な所でもたついて、もごもごと言葉にできないでいる宇都峰が何だか面白い。 俺は冷静に最初から用意していた通りの回答を、黙ったままの電話相手に投げた。全部本当のことで、ほんの少しだけ嘘も混じっているけど。 「何回かDM貰ったことあるから」 「え」 「憧れたり好きだったりする奴と同じもの使いたいっていうのは、実際俺も思ったし」 「あ、あー……メイク道具とか」 「そう」 「……そっか」 「もういいか」 きっとこれを確認すればコイツは満足するだろうと思って投げかければ「もう少し」と遠慮がちに呟かれる。 俺の寝る時間を知っているからこその配慮が含まれた言葉にどこかくすぐったくなって、気が付けば宇都峰の申し出に頷いてしまっていた。じわりと集まってきた熱を無視して、すっかり慣れたテンポの会話を続けるうちに充足感が広がっていく。 別に明日大学で会うし朝から授業被ってるけどな、と思ったけど。だけど、やっぱり、好きな誰かと時間を共有できるというのは俺にとっても願ったり叶ったりだった。

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