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第2話
❖ ── ✦ ── ❖
第2幕 入稿完了と安堵
❖ ── ✦ ── ❖
原稿がすべて積み上がった机の上は、まるで戦場の残骸だった。
散らばったトーン紙、削りかす、空になったコーヒーカップ。
それでも――作品は、確かに完成している。
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「先生、お疲れ様でした……」
「吉川先生、またお願いします……」
アシスタントたちはヘトヘトの顔で
それぞれ頭を下げて帰っていった。
足取りは重いのに、どこか解放感に満ちている。
「……ほんとに、ありがとねー……」
千秋は力なく手を振った。
その背中が完全に見えなくなると
部屋は一気に静かになる。
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羽鳥は原稿の束を抱え
出版社へ急ぐために出ていった。
玄関のドアが閉まる音が
やけに大きく響いた。
残されたのは――千秋と優だけ。
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「……ふぅ」
机に突っ伏した千秋の手元へ
カップがそっと置かれた。
立ちのぼる湯気。苦い香り。
「おつかれ」
短い言葉。
でもその響きは、修羅場を共に越えてきたからこそ沁みる。
「優……ありがと。ほんと、今回お前がいなかったら無理だった」
それは弱音というより――気安い甘えに近かった。
昔から一緒にいて、気を張らずに済む相手だからこそ出る言葉。
信じているからこそ、安心して頼れる。
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優はカップを持ったまま、千秋を見つめた。
――まただ。
――結局、俺だけが千秋を支えてる。
胸の奥に、独占欲に似た熱が広がる。
親友としての「甘え」を受け取るたびに、
その境界を壊したい衝動が強くなる。
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「……千秋」
気づけば、その名を呼んでいた。
千秋が顔を上げる。
眠そうに滲む瞳が
無防備にこちらを見つめてくる。
衝動が、堰を切った。
指先が伸びて――千秋の頬に触れた。
柔らかい熱が、指を包む。
たったそれだけのはずなのに
抱きしめるよりも胸が締めつけられた。
⸻
「……優?」
驚いたように千秋が瞬きをする。
その声が、やけに近くて。
部屋の中に、緊張でも安堵でもない――別の温度が広がっていった。
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❖ 次回予告 ❖
優の執着が爆発し、千秋は追い詰められる。
思わず叫んだ名は――「トリ」。
そして帰ってきた羽鳥が放つ、怒声。
第3幕「優の暴走」/第4幕「羽鳥の怒り(対決)」
📅 明日21時更新予定!
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