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第3話

❖ ── ✦ ── ❖ 第3幕 優の暴走 ❖ ── ✦ ── ❖ 頬に触れていた指先が、熱を帯びて動いた。 そのまま――千秋の顎を掬い上げる。 「……優?」 驚きに声が揺れる。 けれど優の目は、もう引き返せない色をしていた。 ⸻ 「千秋……俺、ずっと思ってた」 低い声。 胸の奥に溜めこんでいた何かが、とうとう漏れ出したみたいに。 「お前をわかってるのは……俺だけだろ?」 囁くと同時に、身体が覆いかぶさってくる。 「っ――やめろ!」 千秋は必死に腕で押し返す。 けれど体力はもう限界で、力なんて入らない。 ソファに押し倒され、視界いっぱいに優の顔が迫る。 ⸻ 「俺がどれだけ……お前のこと見てきたと思ってんだ」 「優、やめろ……やめてくれ……!」 声が震える。 喉が乾いて、思うように音にならない。 「千秋……」 優の瞳は、優しさと狂おしさがごちゃ混ぜになっていて―― 怖いのに、どこか懐かしい匂いがした。 だからこそ、余計に逃げられない。 ⸻ 「……っ」 混乱の中で、胸の奥から自然に名前が溢れた。 「トリ――!!」 ⸻ その瞬間。 バンッ! 玄関の扉が荒々しく開く音が響いた。 低い靴音が床を打つ。 部屋の空気が一瞬で変わる。 「柳瀬――吉野に近づくな!」 怒声。 鋭くて、切り裂くようで、それでいて救いの色を帯びた声。 羽鳥が、帰ってきた。 出版社に向かっていたはずなのに。 嫌な予感に突き動かされて、真っ直ぐここへ引き返してきた。 千秋の胸に、張り詰めていた糸が切れる音がした。 ⸻

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