7 / 10

第6話

❖ ── ✦ ── ❖ 第6幕 震える手と本音 ❖ ── ✦ ── ❖ マンションの前に立ったまま、足が動かない。 呼び鈴を押そうとしては、指が止まる。 玄関の前を行ったり来たり、まるで落ち着かない子供みたいに。 「……っ」 胸がうるさくて、夜の空気の冷たさすら感じない。 ⸻ 不意に、扉が内側から開いた。 驚いた顔で羽鳥が立っていた。 ほんの一瞬、目が大きく見開かれる。 けれどすぐに整えて、いつもの落ち着いた表情に戻る。 「……何しに来た」 ⸻ 千秋の喉がひくついて、やっと絞り出す。 「……謝りに来た」 ⸻ 部屋に入ると、手が震えて靴紐が解けない。 指が思うように動かず、余計に焦る。 羽鳥は何も言わず、その様子をただ見ていた。 ⸻ ソファの前で立ち尽くし、声を吐き出す。 「優のことも……危機感がないって言われたことも……  分かってたつもりで、全然……分かってなかった……ごめん……!」 しどろもどろで、情けない声しか出てこない。 ⸻ 羽鳥は黙って聞いていた。 長い沈黙のあと――ふっと小さく笑う。 「馬鹿。……謝るなら、最初から素直に言え」 声の端に、安堵が混じっていた。 ⸻ 羽鳥の手が伸びて、千秋の襟を直す。 ただそれだけの仕草なのに。 胸の奥が一気に熱くなる。 「……っ」 鼓動が耳にうるさい。 思わず言葉が漏れた。 「俺……やっぱり、お前がいないとダメなんだ……」 自分でも気づかないまま、口にしていた。 ⸻ ❖ 次回予告 ❖ ソファに並んで座るふたり。 逃げられない問いと、触れてはいけない距離。 そして――千秋が口にする、本当の想い。 第7幕「触れない距離、触れる心」 📅 9月1日(日) 21:00 更新予定 ※R描写あり

ともだちにシェアしよう!