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拘束
「起きろ。……おい、起きろ!」
頬を軽く叩く感触が、クラリスの深い眠りを妨げた。意識の奥で、かすかな声と気配が混じり合う。
──私は、エルネストの言葉に弾かれ、アジトを飛び出した。無謀にも城へ乗り込み、鬼の王ヴィクターと対峙した。あと一息で仕留められると思った瞬間、矢を受け、ベルネアの背中から落ちて──
「……!」
目を開けた瞬間、視界いっぱいに迫る鬼の顔。額から伸びる二本の角を見た途端、息が詰まる。自分に重なっていたのは、鬼の王ヴィクター。思わず悲鳴が喉の奥で弾けた。
「気づいたか」
低い声が耳にかかる。吐息が皮膚をなぞり、口づけにも届きそうなほど顔が近い。肌と肌が直に触れる感覚。互いに生まれたままの姿だった。
クラリスは身を起こそうと腕を動かす──が、金属音がそれを止めた。視線を動かすと、手首に枷。そこから延びた鎖がベッドの支柱へと繋がっている。脚も同じく、動きを奪われていた。
「……何の真似だ!」
精一杯声を張り上げても、ヴィクターは微動だにしない。
「威勢だけはあるようだな」
太い指先が首から肩をなぞり、矢傷をそっと押さえる。鋭い痛みに顔をしかめたその隙に、ずっしりとした重みが体を覆った。
「礼儀を知らぬ若造には、お仕置きが必要だ」
ヴィクターは何かを口に含み、次の瞬間、唇で息を奪う。クラリスは必死に拒むが、鼻を摘まれて、口を開かずにいられない。冷たい液体が喉を滑り落ち、体の奥に染み込んでいった。
「……これは?」
怯えを滲ませた問いに、ヴィクターはわずかに口角を上げる。
「じきに分かる」
その言葉どおり、熱が静かに体の中で広がり始める。触れる指先の跡が、火照りとなって残り、呼吸を侵していく。抗おうとしても、体は次第に言うことを聞かなくなっていた。
「……おまえ、すでに仕込まれているようだな」
ヴィクターがクラリスの秘所へ太い指を滑らせる。こらえようと奥歯を噛みしめても、波のような快楽が体を蝕んでいった。
(……媚薬?)
ぼやける思考の中でそう悟った時には、全身がざわめきに包まれていた。誰かのぬくもりを求めずにはいられない──。その変化に気づいたヴィクターが、じっと見下ろす。
「火がついたようだな」
恐怖と羞恥が絡み合う。“私は稚児ではない!”──心の中で叫びながらも、体は裏腹に震えを増していった。
「イヤだ!」
吐き捨てた声も、低く響く囁きにかき消された。
「イヤだと? この身は、我を求めているではないか」
クラリスは痛いほど己を屹立させていた。ヴィクターの大きな手のひらがしっかりと握りしめる。たった一回、上下に動かしただけで、クラリスは艶めかしい喘ぎ声を上げて、もっと欲しいと視線で懇願した。ヴィクターは何の躊躇いもなくそれを口に含む。
──違う。こんなの、望んでいない! なのに、強気だった心が、音を立てて崩れていく。イヤだという言葉は、もう声にならず、ただ荒い息だけが漏れた。
「ダメ、口を離して! もう……」
このところ慰めを知らなかったクラリスは、あっけなくヴィクターの口の中に漏らしてしまった。ヴィクターは満足げに顔を上げ、唇の端についた白い液体を美味そうに舐め取る。
「……まだ、終わらん。我を満たせ」
ヴィクターは、クラリスの首元に跨った。太い杭のような一物が眼前に聳え立つ。それは獲物を前にして涙を流し、クラリスの顔を汚した。
わずかな理性で抵抗しても、力の強いヴィクターに腰を押さえ込まれてしまう。動かそうとした手を、大きな手のひらが絡め取り、指先まで封じられる。屈辱に奥歯を噛みしめても、心臓がせわしなく早鐘を打っていた。受け入れたい気持ちと拒みたい気持ちがクラリスの中でせめぎ合う。
「挿れるぞ」
手のひらが背中を滑り、熱がさらに奥まで染み渡る。頭の奥が白く弾け、何も考えられない。視界の端で、天蓋の布が揺れているのがぼんやりと映った。
──もう、逃げられない。そう悟った瞬間、体はすべてを委ねていた。相手の呼吸と鼓動が、クラリスのすべてを支配していく。
「……そうだ。それでいい」
絶え間なく押し寄せる痛みの波。体がバラバラになりそうだった。媚薬を飲んでいなければ耐えられなかっただろう。クラリスは何度も叫び、そして泣いた。
「……おまえ、気に入ったぞ。我の傍から離れるな」
そう叫んでヴィクターの動きが止まる。そしてクラリスの体にゆっくりと崩れた。クラリスもまた漏らしてしまったらしい。重く沈んでいた空気が、ゆるやかに解けていく。残ったのは、絡み合ったままの体温と、胸を締めつける悔しさだけ。その熱は消えず、肌の奥に刻まれたまま離れなかった。
*
「まだ見つからないのか!」
エルネストの怒声がアジトを震わせた。報告に上がった子分たちは揃って肩をすくめ、目を合わせようとしない。クラリスが姿を消してから、すでに数時間。空気は重く、焚き火の煙すら息苦しい。
苛立ちを抑えきれず、エルネストは握りこぶしを床に叩きつけた。乾いた音が響き渡り、誰もが息を潜める。
そこへ、駆け込む足音。ティアだった。
「ベルネアが戻ってきました!」
「クラリスは!?」
ティアは首を横に振った。その仕草ひとつで、エルネストの胸の奥に冷たいものが落ちる。堪らず外へ飛び出すと、ベルネアが項垂れていた。その瞳には、主を失った悲しみが宿っている。
「おい、クラリスはどうした! なんで一人で戻ってきた!」
掴みかからんばかりの勢いを、子分たちが押しとどめた。
その時、荒い息をつきながら一人の男が駆け込んできた。着古した皮の胸当てに刃こぼれした斧──古株の山賊セイドだ。背は高いが猫背気味で、覇気のない目つきは長年のくすぶりを物語っている。それでもこの場では、年長者として声を張った。
「旦那、大変です。クラリスが鬼の国に捕らえられました!」
「……それは、本当か」
「はい。単身で城を攻撃し、ヴィクターに撃ち落とされたそうです」
「畜生……!」
胸の奥を掻きむしられるような痛みが走る。あの時、軽はずみなことを言わなければ──その悔いが、エルネストの喉を焼いた。
「おい、助けに行くぞ!」
振り絞るように号令をかけるが、セイドが子分たちをかばうように立ちはだかった。
「旦那、それは無理です。こっちが全滅します」
「このまま指を咥えて見ていろと言うのか!」
けれども、その場の誰もが同じ危険を背負うとは言わなかった。
「クラリスーーーーッ!」
絶叫が山々を震わせ、谷間にこだまする。それでも城には届かない。残るのは無力感だけ。
「……クラリス、俺を許してくれ」
頬を伝う涙は止まらない。セイドもティアも、黙ってその泣き顔を見つめるしかなかった。
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